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【恩田社長の600日】FC岐阜のスポンサー料を集めるためにしたこと

webスポルティーバ 9/30(金) 14:50配信

FC岐阜・恩田社長の600日 ~Jリーグ地域クラブへの伝言~

 第10回 FC岐阜とスポンサーのあるべき関係とは?


 今回は、FC岐阜を支えるスポンサーとの関係について書いてみたいと思います。

【写真】FC岐阜の礎を作った今西和男氏。後任の恩田、現社長の宮田博之とは7月のイベントで対面を果たした

 FC岐阜のような親会社を持たない地方クラブにとっては、裾野を広げてより多くの企業に支えてもらうことが、経営を安定させる術(すべ)だと思います。1億円1社より100万円100社の方が、リスクには強いのです。

 そんな前提のもと、少しでもFC岐阜のことを多くの企業に知ってもらうために、あらゆる場所に赴きました。たとえば、商工会議所回りです。会頭企業はもちろん、理事会や総会の中でお時間をいただき、FC岐阜のPRをさせてもらいました。また、地元の名士で構成されたライオンズクラブ、ロータリークラブの集会にお邪魔して、後援会やスポンサーへの参画をお願いしました。しかし、皆様の前で1回話をしたくらいで、お金を出してもらえるほど、世の中甘くはありません。結局のところ、意思決定者とお会いして口説くしか方法はないのです。

 私の社長在任中、最も大変だったのは、2015年のスポンサー契約更新でした。11月~1月の時期はとにかくスポンサー回りで、事務所にいることはほぼありませんでした。

 2014年の決算において、営業利益ベースで約1億5000万円のマイナスのところ、会社として2015年は経費削減ではなく、売上拡大により黒字を目指すという大方針を打ち出します。現実的に1億5000万円の利益をプラスするためには、利益率の高いスポンサー広告とチケット販売の売上を大幅に上げる以外、方法はありませんでした。

 そうなると体力のある企業からお願いするしかなく、既に数千万円単位で支援いただいているメインスポンサーの各社の経営トップに対して、さらに1千万円単位のスポンサー料増額をお願いするのです。かなりの精神力が必要な仕事でした。

 FC岐阜としては、スポンサー料の対価として、スタジアムに掲出する看板や横断幕、あるいはユニフォームなどに、企業名や企業ロゴを広告として入れます。しかし、私は広告の話はまったくしませんでした。相手は、長年“ぎふ”という地に根を下ろして、地元の発展に貢献してこられた企業のトップです。そんな方々には、広告価値ではなく、FC岐阜がぎふの未来を良くすると、信じるに足る存在かどうかを伝えることが重要だと考えました。

 私のような若輩者に頼まれたら断れなかったのか、FC岐阜の可能性を信じてもらえたのかわかりませんが、多くの企業が大幅な増額を受け入れてくれました。また、営業スタッフも岐阜県中を飛び回り、増額交渉や新規開拓を行ない、ここぞの場面でうまく私を使い、成果をあげてくれました。結果、1億2000万円ほどのスポンサー料増額となりました。これにより、チームの強化費を削ることなく2015年シーズンを迎えました。

 しかし、2014年の17位からの躍進を期待するスポンサーの願いを裏切り、2015年は20位に沈みます。現在のFC岐阜の懐事情は知る由もありませんが、2015年の反動は大きかったと思うので、宮田博之社長以下スタッフは2016年のスポンサー料獲得には、相当ご苦労されたと思います。非常に申し訳ありません。

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最終更新:9/30(金) 14:50

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