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田中角栄の血脈「二階幹事長」と「菅官房長官」の戦略的互恵――田崎史郎(時事通信社特別解説委員)

デイリー新潮 9/30(金) 19:00配信

 政権をささえる自民党幹事長と官房長官の二枚看板。その座をいま、二階俊博と菅義偉という2人の老獪な政治家が占める。両者の共通項や相違点、あるいは関係やいかに――。時事通信社特別解説委員の田崎史郎氏が直近の政治情勢をまじえながらリポートする。

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 元首相・田中角栄は政治家を評する際に「彼は『長』だ」「彼は『副』だ」と言って分類した。たとえば、田中は1982年(昭和57年)11月16日、東京・目白台の私邸で、竹下登について尋ねた私にこう語った。

「竹下は『長』だ。しかし、総裁になるには大蔵、外務、通産大臣のうち二つ、三役のうち二つを経験するのが条件だ。早稲田は付和雷同する。雄弁会であることが竹下の強みであり、弱みでもある。竹下も他の大学から一人ずつ引っこ抜いてくるようでなくっちゃ」

 田中は竹下を評価してみせる一方、総裁になる条件を列挙した。期待を持たせつつ、しかし、代替わりは断固として拒否する絶妙な言い回しだった。

 田中が言う「副」とは参謀を意味する。田中派では竹下の参謀だった元自民党副総裁・金丸信、橋本龍太郎政権下の元官房長官・梶山静六が「副」に当たる。

 自民党幹事長・二階俊博は山梨県南アルプス市にある金丸の、官房長官・菅義偉は茨城県常陸太田市にある梶山の墓参りを欠かさない。政治家としての源流をたどれば田中に行き着く二階と菅は安倍政権下、両雄並び立たず、となるのか、それとも安倍政権を支える双璧と位置づけられるようになっていくのか――。

 臨時国会の召集日を決め、公表する過程は、8月3日の内閣改造・自民党役員人事後の権力構造を浮き彫りにした。本来、政府の権限で決められる国会の召集日を、二階が発表したからだ。召集日は官房長官が衆参両院の議院運営委員会に伝え、会期は国会、事実上与党が決めるのが大原則である。

 二階は8月30日午後5時10分ごろ、自民党本部4階にある幹事長室から出てきた。幹事長番記者は夜の会合にでも出掛けるのかと思ったが、二階はいきなり「ぶら下がりをやろう」と言った。新聞記者は慌ててICレコーダーを取り出し、テレビ局の記者は手持ちのビデオカメラを回した。

「みなさんに心配をかけていた臨時国会の召集日だが、9月26日、これでやるということで国対、あるいは党内、さらに官邸との間で合意に達したから26日にやらせていただく。これが正式な発表だ」

 前任の幹事長・谷垣禎一の時代には考えられないことだった。谷垣は万事控え目、そもそもなかなか決断しなかった。

 昨年暮れ、軽減税率の適用範囲を決める時のこと。谷垣は財務省案に乗り、生鮮食料品のみに限定することにこだわった。これに対し、首相・安倍晋三、菅は政権の安定を優先し、公明党・創価学会の要求を受け入れて外食を除く食料品全般に広げようとした。当時、決断しない谷垣に、安倍は業を煮やし、こう口走った。

「谷垣さんには財務大臣経験者としてではなく、政治家として判断してほしい」

 でも、二階は違う。二階は安倍の意向を忖度して先回りして走り、かつ、臨時国会召集日のように政府が決めることであっても、自分が決めたように内外にアピールする。谷垣と二階の振る舞いは政治家として両極に位置する。

「待ちの谷垣、攻めの二階」

 自民党との折衝の窓口となっている公明党中央幹事会会長・漆原良夫はこう見る。おかげで幹事長番記者は二階の一挙手一投足から目を離せなくなった。

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最終更新:9/30(金) 19:00

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