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カツカレー、13歳の衝撃 リーチ・マイケルさん

NIKKEI STYLE 10/1(土) 7:00配信

 ほかほかのご飯に甘めのカレーと、揚げたての豚カツがのっている。13歳の頃、祖国ニュージーランドの和食店で初めてカツカレーを食べた時の衝撃は忘れられない。「カツを食べるのも初めて。おいしくてすっかりはまりましたね」。街に出ればあの味を求めて店に寄った。値段が6ドルだったのも覚えている。
 連れていってくれたのは、幼い頃からのラグビー仲間、ニックだ。日本人の母親と英国人の父親を持ち、家に行くと日本の食事でもてなしてくれた。お母さんお手製のおにぎりはツナマヨがお気に入り。育った家では焼いた牛肉や豚肉にジャガイモの付け合わせが主だったが、日本料理も平気で食べられた。初めて口にした納豆も「全然大丈夫」。食事の前と後の「いただきます」「ごちそうさまでした」も学んだ。

■日本のホームステイ先はすし屋

 親友ニックの影響で、日本への憧れが膨らんでいく。彼が札幌に留学することになった時、自分も行くと決めた。15歳の時、札幌に渡る。ホームステイ先はすし屋を営んでいた。
 到着したその晩、用意してくれていたのは特上のにぎりずし。「すしはカリフォルニアロールしか食べたことがなくて、見てもすしだと分からなかった」。マグロにウニ、サーモン、ハマチ。全部おいしかった。「最初に一番良いおすしを出してくれたから、どれもおいしく食べられた」。温かい歓迎とともに思い出す、懐かしい味だ。
 4畳半の部屋で寝起きした。納豆に卵と大根おろしを混ぜて、ご飯に掛けて食べるのが一番の好物。日本での「母」が作るそぼろ入りの3色弁当を持って高校に通った。
 ホストファミリーの両親は3人の息子たちと同じように接してくれた。今も「お父さん、お母さん」と慕う。もともとシャイで人見知り。留学当初、ホストファミリーが話しかけてくる日本語は「ねえねえ」しか分からなかったが、彼らの優しい心遣いにホームシックにならずに済んだ。

■札幌の高校の練習、母国NZより厳しく

 高校のラグビー部では猛練習の日々。標高約300メートルのスキージャンプ台まで昇って降りる。山頂では階段ダッシュ。その後はウエートトレーニングだ。ニュージーランドに居た頃よりきつかったが、「日本に来てだいぶ力が伸びた」と実感する練習量だった。
 食べる量も増え、ご飯は大盛りを2杯。ファミリーレストランでは400グラムのハンバーグを2つ平らげた。来日した時に78キロだった体重は、高校を卒業する頃には100キロに達した。

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最終更新:10/1(土) 7:00

NIKKEI STYLE

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