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酒場でハグしたアフリカの島の大統領

JBpress 10/1(土) 6:00配信

 「おれがアイスクリーム屋をやってたとき」とその男は言った。一軒前の飲み屋で隣に座ったおじさんだった。「彼の子供がウチのアイスを好きでねえ、よく来てくれてたんだ」

カーボベルデのフォンセカ大統領と筆者(写真)

 「へえ、すごいね」

 「へへ、そういうわけで、彼はおれの顔憶えてると思うんだ」

 「じゃあ私、話しかけてみていい?」

 「いいよ、アジア人の観光客の女の子なんて珍しいから、話してくれると思うよ」

 「そりゃいいね、楽しみ」

 「ただし、おれも一緒に行く。おれもしゃべりたい」

 モルナというジャンルの歌を聴かせるライブハウスにいた。ライブハウスといっても、ステージは質素で、聴衆は思い思いの方を向いて酒をあおっており、盛り場の雰囲気がある。ちょうど土曜の深夜1時、満員御礼の時間だ。

 曲と曲の合間に、私はビールを持ったまま、隣のおじさんと連れ立って席を立った。ステージに向かって反対側に、青いワイシャツを着た壮年の男が、2、3人の取り巻きに囲まれて談笑していた

 「こんばんは」と、私と連れ立ったおじさんは先ほどまでの自慢げな雰囲気はどこへやら、おずおず緊張している。「わたくしのこと、憶えてらっしゃいますか、大統領閣下」

 「こんばんは」 大統領閣下は言った。「ええ、憶えていますよ、プライア(首都)の人ですね」

■ 別離を歌うカーボベルデの音楽

 カーボベルデはアフリカの西岸沖に連なる、人口50万人強の小さな島国だ。人口から計算すると、50万分の1の確率で大統領に会える国だ。

 日本では知られていないものの、欧米ではこの国の名はそこそこ知られている。その1つに、グラミー賞を取った歌手セザリア・エヴォラの存在がある。彼女が歌うのが、ギターの弦に哀愁漂うメロディーを乗せたモルナというジャンルの音楽だ。ポルトガルのファドにブルースを混ぜてアフリカ風にしたイメージといえばいいだろうか。

 別離を歌う音楽だと言われるだけあって、モルナには人を切なく包むような響きがあった。私もすぐに好きになった。彼女らの歌うのは孤独ではなく悲しみであり、空っぽさではなく様々な感情の混交であった。苦しみにはやさしさが宿り、しかし力強い。

 カーボベルデは、もともとポルトガル植民地で、古くは大西洋を渡る奴隷貿易の拠点として栄えた。モルナを聴いていると、奴隷貿易の中継点として有人化された島国の人々の、悲しみのルーツを聴いている気にもなってくる。

 カーボベルデが欧米に知られているもう1つの理由は、故郷を離れてアメリカやポルトガルへ渡った数多くのカーボベルデ移民の存在だ。アメリカではカーボベルデ系は50万人いるという。この国の人口と同じ数だ。

 別離を歌うモルナが海を越えて、欧米で人気を博したのは、モルナを聴く彼ら自身が、歌のテーマとなっている別離の対象であったためなのかもしれない。

 引き裂く海、つなぎ合わせる海。大西洋を渡る奴隷商人は、有名な悪党の海賊、キャプテン・ドレーク。セネガル沖にグーグルマップを拡大し、大きな海に浮かぶ島つぶの一つひとつに目を凝らす。気が遠くなるような思いがあり、海の中に取り残されたような寂しさがある。

 私はアフリカ大陸を10カ月旅した後、まだ何となく大西洋を渡りたくないような、アフリカの余韻に浸っていたいような、それでも少し新しい場所へ進む準備をしたいような気持ちになっていた。名前も聞いたことのない得体のしれない国へ行きたいような、海のきれいな島国へ行きたいような気持ちでここへ来た。

 そんな旅の中継感に、この島国はぴたりとフィットした。

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最終更新:10/1(土) 14:15

JBpress

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