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学校が辛いなら逃げていい、他の選択肢を探せばいい 「人生のリカバリー」を描く学習塾ミステリ

Book Bang 10/2(日) 10:00配信

 高校生の姪の塾選びにつきあったことがある。ちょうど〈ビリギャル〉が話題になっていた頃だ。塾に行けば私も有村架純に……と、方向違いの夢を見る姪っ子の茶髪頭をはたきながら、パンフレットをめくって驚いた。

 クラス制あり個別指導あり、集中講義あり親睦イベントあり。大学受験だけではなく漢検やTOEICのコースあり。通信制高校の生徒や高認を目指す生徒のためのサポート校あり。

 一般の学校案内とは明らかに違う。学校が人格形成も含めた総合的な集団学習の場なら、塾は各個人が望むものを与える場と言えるだろう。

 そんな塾ならではの特徴を活かし、通常の学園ものとは一味違う青春ミステリに仕上げたのが、水生大海の『教室の灯りは謎の色』だ。

 主人公は高校に入って二ヶ月の並木遥。彼女が籍を置く「優勇塾」で起きた事件の謎を英語講師の黒澤が解く、という構造の連作短編集である。

 第1話「水中トーチライト」は、塾には来るものの学校は不登校を続けている遥自身の問題。第2話「消せない火」は塾の中で起きた小火騒ぎ。第3話「彼の憂鬱、彼の選択」は、夏休みの臨時講師と塾生との確執。第4話「罪のにおいは」では、塾生が教室に閉じ込められるという事件が起きる。そして最終話「この手に灯りを」は、遥と因縁のある女子が、ある事件に巻き込まれるという設定だ。

 ──と、とりあえず各話の上澄みだけを羅列したが、私はいきなり第1話でガツンとやられてしまった。

 レンタルショップでとある事件が起き、不登校中の遥が疑われてしまう。窮地を救ってくれたのは、その場に居合わせた黒澤だった。黒澤は遥の不登校の本当の理由を見抜き、彼女がとるべき道をアドバイスする。

 ああ、それがヒントだったのかと膝を打つ謎解きの面白さや、クールなイケメンなのに服装がダサい黒澤先生の造形など読みどころは多いが、何より心を掴まれたのは、遥の葛藤だ。

 具体的に書くわけにはいかないけれど、ここに描かれているのは「逃避」だ。向き合いたくない事実、認めたくない自分の醜さや弱さ。そういったものから目を背けて、逃げて、なかったことにして──けれど結局は、逃げきれない。過去は消せないのだから。

 懊悩の末の彼女の選択が、じんわりと心にしみていく。遥だけではない。消したい過去は誰にでもある。もしもあなたがそれから逃げているなら、黒澤のこの言葉を贈ろう。「人生のリカバリーは、思いのほか利く」

 これがキーワードだ。どの話も、最初は普通の謎解きに思えても、最後まで読めば「人生のリカバリー」について描かれていたことに気づくだろう。

 希望した学校に入れなかった、学校に馴染めない、事件を起こして学校をやめざるをえなかった。どの話でも、まだ二十歳にもならない成長の途中でつまずいてしまった子たちが、思いの持って行き場を探して足掻いている。自分の弱さを直視したくなくて他人を攻撃したり、エゴを守るために策を弄したり。努力の方向を間違い、解決を放棄し、自縄自縛に陥る若者たち。

 優勇塾と黒澤は、そんな若者たちをリカバリーさせていく。一般の高校に通うのではなく通信制や高認という道を選んだ生徒をサポートする〈エンカレッジ生〉の制度もそのひとつだ。

 学校が辛いなら逃げていい、他の選択肢を探せばいい。そのための場所がここだ。でも逃げるだけではダメだ。ここで力を蓄えて、以前は出せなかった勇気が出せるようになったら、リカバリーの一歩を踏み出そう。本書の塾は、そんな場所として描かれている。なんという救いであることか。

 塾ならではの特徴を活かし、と書いたのはこのことだ。

 本書を、姪に読ませようと思う。姪には有村架純より、間違いを認めて立ち向かう並木遥になってほしい。そして何より、大人たちにもぜひお読みいただきたい。大人は、暗い水中で溺れそうな若者たちにとっての、トーチライトであるべきなのだから。

[レビュアー] 大矢博子(書評家)
※「本の旅人」2016年9月号 掲載

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最終更新:10/2(日) 10:00

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