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日本最大のブラジル人街に中国人が増加中!? 危機感にじませる住民たち

HARBOR BUSINESS Online 10/2(日) 9:10配信

 都内から電車で揺られること約2時間。群馬県の「西小泉駅」を下車すると、駅前の商店に並ぶポルトガル語の数々が目に入ってくる。日本でありながら、南米の空気を感じ取れる場所。それが大泉町だ。

 そんな地域柄もあり、2014年のブラジルワールドカップ、8月に閉幕したリオ五輪の際にも、多くの観光客が訪れた日本最大級のブラジルタウンといえる。約4万人の人口に対して、およそ15%が外国人。その中でも75%程度がブラジル・ペルーといった南米からの移住者が占め、日本の大手企業の工場の貴重な労働力として汗を流してきた。

 だが、近年では大泉町の様相は変化が起き始めている。それは、大泉町に中国人労働者が大量に流れ込み、チャイナタウン化してきているという点だ。今一体大泉町に何が起きているのか。これまで同地域の代名詞であった南米からの移住者の声を中心に拾った。

◆不況による中国人労働者の増加。母国にも帰れず

「私の父の時代の大泉町は、バブル時代の恩恵を強く受けていた地域でした。数ヶ月働くと、ブラジルで稼げる2年分ほどの給料がもらえたと聞きますし、労働環境も良かった。ただ今は、数ヶ月毎の派遣社員ばかりですし、不況の煽りを受けて真っ先に切られるのは私達です。更にここ数年の間に中国人の労働者が増えたこともあり、より条件や環境に文句を言わない中国人が重宝されているように感じます」

 こう話すのは、日本の某家電メーカーの工場で働く、中山マルセロさん(仮名)。大泉町には、1980年頃から、日系人が大量に移住を受けいれてきた歴史がある。

 大泉町に住むブラジルからの移民達は、リオやサンパウロといった大都市ではなく、マナス州やパラナ州といった地方都市から移り住むケースが大半だ。一昔前は、日本で大金を稼ぎ母国へ送金するという流れが一般的だったが、今ではそれは夢物語に近いという。

「時々ブラジルに帰ろうかな、と思うこともあるんです。ただ、航空券だけでも片道20万円近くする。また、年々物価の上昇と、治安が悪化するブラジルの地方都市に帰っても、適応できる自信がない。だから、今の環境で頑張っていますが、子供達が成人する頃にはもっと私達を取り巻く状況が悪くなっている可能性もあるので、不安です」

◆日系ブラジル人と中国人の比率が逆転しつつある!?

 大泉町の外国人の中での中国人の比率は5%程度と目立ったものではないが、この数字は今後大きく変わると指摘するのは山田フェルナンダさん(仮名)だ。

「中国人の労働者が増えてきたと感じるのは、ここ数年の出来事です。インターナショナルスクールでも、まだまだ南米系やフィリピンの子供達が占める割合いが多い。ただ成人に関していえば、逆にペルーやブラジルといった南米からの移民は、減ってきていると思う。昔は大泉町が日本で一番住みやすいブラジルタウンという評判でしたが、今はより稼げる名古屋に行くという選択をする人も多い。つまり、この地のブラジル人と中国人の人口バランスは長い目で見ると逆転していくのではないか、と私達は話しています」

 取材時には、表立って中国と南米のコミュニティで問題は起きていないという現状が把握できた。ただ、「アルバイトでも稼ぎたいという中国人が増えたことで、派遣切りの煽りを最も受けるのは私達なんです」という切実な声があったのも事実だ。また、地元住民からは生活保護受給者の3割超が外国人ということを厳しく指摘する声もあり、今後も外国人を受け入れていく上で大泉町が抱える課題は少なくない。隣接する太田市と並び、1990年の出入国管理法以降、多くの日系人の受け皿となってきた大泉町。日本の最大級のブラジルタウンが、チャイナタウン化する日が訪れる可能性もあるのかもしれない。<取材・文/栗田シメイ>

ハーバー・ビジネス・オンライン

最終更新:10/2(日) 12:31

HARBOR BUSINESS Online

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