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リリー・フランキーはなぜ観客を惹きつける? 映画『SCOOP!』の“何もしない”演技の強み

リアルサウンド 10/3(月) 12:10配信

 イラストレーター、エッセイスト、小説家、デザイナーなど肩書を挙げればきりがないほど多彩な男、リリー・フランキー。そんな中でも近年、俳優業は際立っており、2016年公開映画だけでも、8本を数える。本人は「たった1日しか撮影してなくても1本だからね」と涼しい顔を見せるが、その存在感は半端ない。10月1日に公開された映画『SCOOP!』でも情報屋・チャラ源として強烈な爪痕を残している。決してあくが強いインパクトある演技をするわけではないのだが、作品になくてはならない存在感を示す。この魅力、一体なんなのだろうか。

 2008年の『ぐるりのこと』で、うつに陥った妻を支える法廷画家の夫を演じて第51回ブルーリボン賞を受賞すると、『色即ぜねれいしょん』や『ボーイズ・オン・ザ・ラン』、『アフロ田中』などで出番はそれほど多くはないものの、主人公に光を当てる存在感ある演技を披露し注目を集める。

 そんな中、決定的に彼の俳優としての凄みを感じさせたのが、2013年に一週間違いで公開された『凶悪』と『そして父になる』だろう。『凶悪』では周囲から“先生”と呼ばれている不動産ブローカーでありながら、裏では何人もの人間をこの世から葬り去る冷酷な男を、『そして父になる』では、小さな電気屋を営む気のいい父親役を演じた。その役柄の“振れ幅”は大いに話題となったが、“極悪人”と“気のいいお父さん”という真逆なキャラクター設定ほど、リリーが演じた人物像に違いはない。どちらも飄々とし、感情をあらわにすることも少なく“のらりくらり”という表現がぴったりくるようなキャラクターなのだ。

 『凶悪』と『そして父になる』の対比を挙げたが、それ以外の作品でもリリー演じるキャラクターは、きっちりと役作りをするというよりは、フワフワと浮いているような、役柄というよりもリリー・フランキーという人物がナチュラルにそこにいるような錯覚に陥る。『そして父になる』でメガホンをとった是枝裕和監督は、イベントでのリリーとの対談で「カメラの前で何もしないことって難しいけれど、それができた時の強みを理解している人」と評していた。

 ここに彼の魅力の一端が垣間見える。ややもすると「何をやってもリリー・フランキー」というマイナスのイメージになってしまいそうだが、彼が演じるキャラクターは決してリリーに見えるわけではない。「どんな役をやっても、その役者にしかみえない」というものは違う。『凶悪』では“極悪人”であり、『そして父になる』では“気のいいお父さん”、『二重生活』では“哀愁ただよう大学教授”、『トイレのピエタ』では“女好きな入院患者”と視聴者は混乱することなく、キャラクターのすみわけができている。これは、同じ佇まいに見えるキャラクターでも、自然と観ている人が、自分で色付けをしてしまうのだ。

 最新作『SCOOP!』でも、その傾向は顕著に出ている。公私ともに親交のある福山雅治演じる都城静と、リリー演じるチャラ源の関係は、「プライベートな関係に近い感じ」とリリーは語っている。劇中のチャラ源も「何もしていない」ようにナチュラルだ。しかし、ここでも観ている人は、リリーの演技をみて、“得体のしれない情報屋”というイメージを脳内で変換しキャラクターに植え付ける。さらに麻薬中毒者であることが判明すると、「素に近い」と言いつつも、そこからはヤク中にしか見えなくなってしまう。

 「何もしていない」(もちろん作品に取り組む中でリリーなりのアプローチ方法はあるだろうが……)にも関わらず、視聴者がどんどん引き込まれ、強いキーワードの感情を結びつける。どんな役作りや作品の理解度を高める行為をしたところで、このリリーのポテンシャルにはかなわない。

 また、もう一つのキーワードは“なぜか”というフレーズ。映画評や役者評で彼が語られるとき「なぜか母性本能をくすぐる」「なぜか背筋がゾッとする」「なぜか目が離せない」と言うコメントをよく見る。キャラクターを作りこまなくても、自然と共感(反感)を持ってしまう。だから決定的な理由がなくても“なぜか”キャラクターに感情移入してしまうのだ。ある意味“最強の役者”と言えるのかもしれない。

磯部正和

最終更新:10/3(月) 12:10

リアルサウンド