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ロシアでKGBが復活する公算大

JBpress 10/3(月) 6:15配信

 KGB(国家保安委員会)と言えば旧ソ連の秘密警察であり、かつてはプーチン大統領も所属していたことで知られる。

 「スパイ機関」というイメージが強いが、実際のKGBの権限ははるかに多岐にわたっている。国民の監視から国境警備、外交や外国との貿易まで、あらゆる分野にKGBの影響力は及んでいたと言っていい。

 ソ連崩壊の引き金となった1991年8月のクーデターも、首謀者は当時のウラジーミル・クリュチコフKGB議長であった。

 それゆえに、初代ロシア大統領となったボリス・エリツィン氏はKGBを危険視し、いくつもの省庁へと分割して解体してしまった。

■ かつての陣容でKGBが復活する

 ところが、そのKGBが復活するのではないか、という観測がロシア内外で持ち上がっている。バラバラにされた旧KGB系省庁を再統合し、かつてのKGBとほぼ同じ陣容の組織が復活するのではないかというのである。

 その意味するところを理解するために、ソ連崩壊後にKGBがどうなったのかをもう少し詳しく見ていこう。

 KGBはいくつもの総局や局(その中身は時代によってやや変化する)から構成される機関であった。

 なかでも「花形」と言えるのは、やはり外国に対するスパイ活動を担当していた第1総局であろう。かつてのプーチン大統領が所属していたのもここだが、ソ連崩壊後は対外諜報庁(SVR)として独立させられた。

 一方、第2総局は国内におけるスパイの取り締まりなどを担当しており、第1総局とはちょうど盾と矛のような関係にあったと言える(例えばパトルシェフ安全保障会議書記が第2総局出身である)。

 第2総局はロシア全土に支部を持っていたために規模が大きく、のちにいくつかの局とともにFSB(連邦保安庁)となった。実際にはその過程で幾度かの離合集散が起こっているのだが、概ねKGB最大の後継組織であると考えていい。

 かつてKGBの代名詞であったルビャンカ広場の庁舎をFSBが受け継いだことからも、この点は明らかであろう。プーチン大統領も短期間だが、FSB長官を務めたことがある。

 このほかには、政府要人の警護や秘密通信システムの運営を担当していた第9総局はFSO(連邦警護庁)、地下核シェルターの建設・運営を担当してた第15総局はGUSP(大統領特別プログラム総局)、通信傍受や検閲を担当していた第16総局はFAPSI(連邦政府情報通信局)、国境警備隊はFSP(連邦国境庁)という具合に、KGBは機能別に細かく切り刻まれてしまった。

 一方、プーチン大統領は2000年の就任当初、これら旧KGB系機関を再び繋ぎ合わせようとしていた節が見られる。

■ 出ては消えた統合の動き

 実際、2003年にはFSPとFAPSIがFSBに再統合され、これによってFSBは国境管理や通信傍受などを行う能力を回復した。

 だが、SVRやFSOの再統合は容易ではなかった。

 当時の報道によると、両者はすでに大きな政治力を有しており、FSBの傘下に入ることに抵抗したという事情であったようだ。

 例えば当時のSVRはFSBのほぼ2倍もの予算を与えられており、予算規模で見れば「格下」のFSBへの統合にはうまみがなかった。

 一方、FSOは要人の安全確保の名目で強力な捜査権限や盗聴能力を持ち、またモスクワなど一等地に多くの土地利権を有しているとされる。彼らにしてもまた、FSBへの統合はこうした利権を取り上げられることにほかならなかった。

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最終更新:10/3(月) 6:15

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