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ソニー平井社長 J.カビラ氏の後追いCBSソニー入社、プレステ経由でトップになるまで

NIKKEI STYLE 10/4(火) 7:00配信

 平井一夫・ソニー社長(55)が語る「リーダーの母校」。前半は、母校の国際基督教大学(ICU)で、英語を使ったアルバイトと後の音楽業界への道につながるディスコ通いの様子を語った。後半は卒業後の話に移る。ソニーグループのトップにまで上り詰めた平井氏だが、偶然にも、ICUの同窓生と仕事でタッグを組むことになった。

■ICUを卒業し、CBS・ソニーレコード(CBS・ソニー:現ソニー・ミュージックエンタテインメント)に就職した。

 ICUに入る前から、就職は海外転勤のない日本企業と決めていました。日本と海外を往復する生活に、疲れていたのです。転校するたびに味わった苦労が、自分の中でトラウマになっていたのかもしれません。自分の人生を自分でコントロールできたらいいなと思っていました。
 とは言っても、自分の強みの一つは英語なので、自分の好きな分野で、英語を活かせるような仕事に就こうとも考えていました。
 実は、ICUからCBS・ソニーに入る人は結構多く、仲良しのジョン・カビラさんも一足先にCBS・ソニーで働いていました。OB訪問というよりは、友達に話を聞きに行くような感覚で、職場にカビラさんを訪ねて話を聞いたら、結構面白い仕事だなと感じ、様々なレコード会社を受験した結果、CBS・ソニーにお世話になることを決めました。
 ソニーのブランドに愛着があったのも、理由の一つです。わが家では、父も祖父もソニーのブランドが大好きで、家の中は子供のころからソニーの製品であふれていました。また、CBS・ソニーには当時、山口百恵、南沙織、松田聖子、キャンディーズや、海外ではビリー・ジョエル、アース・ウインド&ファイアー、ボズ・スキャッグスなど、私の好きなアーティストが多く在籍しており、私にとってはごく自然な選択肢でした。
 入社後しばらくは、来日アーティストの通訳の仕事もしていました。コンサートのステージにアーティストと一緒に立ち、ファンの前で通訳するのですが、マイクを握ると自分で場を仕切ってしまうこともよくありました。ICU時代の英語教師のアルバイトが、人前で話すよい経験になっていたのだと思います。今でも、人前で話すのは苦ではありません。

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最終更新:10/4(火) 7:00

NIKKEI STYLE

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