ここから本文です

パリでは失敗した市場移転、築地の将来を憂う

Wedge 10/4(火) 12:30配信

 学校の体育館で開かれる催し物の一つにバザーがある。おしゃれなデパートではグラン・バザールなど銘打って、客集めをする。フランス語でゴチャゴチャのことをバザーという。これらは、同じ語源で市場という程度の意味だ。トルコのイスタンブールに行くと、数千の店が並んだバザールがある。バザールの本家の一つだ。その巨大さは、行った者しか理解出来ない。不思議な事に、その少し手前に同じような市場館があるが、すこし小さい。これをエジプシャン・バザールと呼ぶ。エジプト人を卑下しているわけではなく、よく知らない外人はここがイスタンブールの市場だと勘違いして、買い物をして帰ってしまうからだ。本物はその5倍だ。その昔、築地のように手狭になったので、豊洲を建てたのと同様なことがあったのだろう。

市場、バザール、スーク、レ・アル

 ともかくイスラム圏の市場は大きい。モロッコのマラケッシュやフェズの市場は感動で息もできない。中東は間違いなく、どこの都市でも活気のあるスークやバザールが町の中心となっている。残念ながら、日本ではバザールだけが日常語になっているが、イスラム圏でもアラブ諸国ではスークと呼ばれている。

 ラテン系国々の都市にも公設市場がある。開放感あふれる建築物で、業者だけではなく、素人も入り込める。青空市場と区別するために、フランスではレ・アルと呼ばれているが、どこの町のレ・アルもとても楽しい場所だ。京都の錦を想像したら間違いない。

 我が国の場合、歴史的には常設ではなく市場が立つ日が町の名になった市町村が多い。千葉県の八日市場などは、地名に市場が入っているので間違いないが、四日市とは、五日市など、なども同様であろう。韓国の南大門市場や釜山のチャガルチなど、都市の活気の源泉として重要な要素だ。市場は楽しい。楽市楽座といわれるように、少しの政治指導で自由に発展するのが理想だ。そこに店を出すのにとった税金が入市税だ。盛ればお上も潤う仕組みであろう。

 東京は現在築地市場でもめている。東京の魚河岸の移転は初めてのことではない。そもそも、お江戸日本橋脇は魚市場であった。関東大震災で破壊されたこと、都市機能が拡大して現地の再建ではなく築地に移転することで日本人のタンパク源の確保となった。後には、大型船の乗り入れも考えて、橋が開く勝鬨橋が建設されて完成をみたようだ。結果として世界一魚の魚市場、築地が完成した。

 ところで、市場と言えばおいしい食となる。素人衆は、ほんの少しだけ雰囲気を味わい、場外市場や、仲買人がさっと来て食べてゆく市場食堂街で邪魔にならないように食べ物をいただき雰囲気だけでも感じる、これが市民や旅行者と市場の理想的関係だ。

 築地はその昔、今ほど観光人気になっていなかったころは、寄りつき難かった反面、一旦仕組みがわかればきわめて居心地の良い空間であった。昨今京都の錦では、日本人も海外からの旅行客も何でも買ってゆくので、業者が本来の商売をしないのではないかと心配になる。揚げもの一つで500円でも、驚かない客が列をなして怒濤のようにやってくれば、手を抜くのが人情だろう。プロの業者が仕入れにも来ない、町の人も買い物に来ないとすれば、やがて移り気な観光客も潮が引くように消えるのかも知れない。

 築地に関して言えば、1980年代から帝国ホテルあたりでは、外人向けに推薦してくれた。時差ぼけで早起きしてしまう訪日客に、魚の競りを見せるという話である。コンシェルジュに情報をもらい外国からの客と一緒に場内に入り込み、台車にひかれないようにしながらお邪魔したのも昨日のような気がする。帰りに、市場食堂街で朝食を食べて数百円の値段に驚き、おいしさに驚いてホテルに帰った。東京のディープな世界を見たことで、欧州からの訪問者はご機嫌で日本株も大量に買い付けていたと記憶している。

 その後、いつの間にか外人向け偽ディープがはびこり、一流ホテルと変わらない値段の食事と特においしくもない感動もない世界も出来てしまったなと思った矢先に今回の豊洲問題だ。どのように収束させるのか見物だ。そして移転がなったあと築地はどうなるのか、そして豊洲の観光地としての魅力はどうかなど気を揉んでしまう。

1/2ページ

最終更新:10/4(火) 12:30

Wedge

記事提供社からのご案内(外部サイト)

月刊Wedge

株式会社ウェッジ

2016年12月号
11月19日発売

定価500円(税込)

■特集 クールジャパンの不都合な真実
・設立から5年経過も成果なし 官製映画会社の〝惨状〟
・チグハグな投資戦略 業界が求める支援の〝最適化〟
・これでいいのかクールジャパン

TEDカンファレンスのプレゼンテーション動画

北朝鮮からの脱出
北朝鮮での幼少時代、『ここは地球上最高の国』と信じていたイ・ヒョンソだったが、90年代の大飢饉に接してその考えに疑問を抱き始める。14歳で脱北、その後中国で素性を隠しながらの生活が始まる。 これは、必死で毎日を生き延びてきた彼女の悲惨な日々とその先に見えた希望の物語。そして、北朝鮮から遠く離れても、なお常に危険に脅かされ続ける同朋達への力強いメッセージが込められている。