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タンザニアの行商人に学ぶ「その日暮らし」の経済学

JBpress 10/4(火) 6:10配信

 (文:山本 尚毅)

 「いま、ここ」に真剣に生きる。

 そのような当たり前の事実をアドラー心理学やマインドフルネスで説かれる。わかっちゃいるけど、実践できないのは、ついつい過去を悔やんだり、不確実な未来に思い悩むからである。一方で、リスクを出来るだけ最小化するために予測可能性を高め、テクノロジーが予見する世界像を理解・共有しながら、未来の解像度を高めようとする。そうして、現在と未来の間を行き来し、板挟みになり息苦しさを感じる。

 くよくよ思い悩む私たちを尻目に、世界には「いま、ここ」を生きている人たちがいる。アマゾンの少数民族ピダハンである。ピダハンの言語には、過去や未来を示す時制がきわめて限定的にしか存在しないのだ。未来や過去を含め、抽象的な概念を表現する言語はほとんど存在しない。

 そして、人類学者はしばしば、金銭的・物質的な側面では明らかに私たちの社会よりも貧しい社会に存在する異なる豊かさをに心動かされ、賞賛する。そこでは未来のために現在を手段化したり犠牲にすることなく、「いま、ここ」を生きている。そして、たいていの場合、資本主義経済、とくに新自由主義的な市場経済へのアンチテーゼを標榜する。

■ タンザニアでは「Living for Today」が一般的

 一方で、著者が長年調査してきたタンザニアの行商人マチンガは、これまでの人類学者が対象としてきた未開の民族や農村地域の住人と比べて、それほど遠い存在ではない。民族誌を読んでノスタルジックに浸るというより、資本主義経済で闘っている同志に励まされるように感じられる。

 しかし、相対的に近いといえど、日本とタンザニアの二者の違いは大きい。日本では当たり前のように過去から未来への直線的で均質的な時間を生き、いつかどこか、未来の豊かさや安心のために現在を貯蓄している。しかし、本書を読めば、そんな時間感覚は特定の場所と時代において成立しているにすぎないことがわかる。タンザニアではその日その日のために生きる(Living for Today)のが一般的であり、日本に暮らす私たちとは違った時間軸と合理性を持って生活している。

 また、Living for Todayに立脚する経済は現在において拡大し、主流派の経済システムを脅かす、もう一つの資本主義経済として台頭している。

 このインフォーマルな経済圏は、 世界中で16億人もの人びとに仕事の機会を提供し、 その経済規模は18兆ドルにも上ると言われている。

■ 儲けよりも仲間を優先

 前置きが長くなったが、その新しい経済の原動力と住人たちの生きぬき戦術、生活の論理をLiving for Todayの視点から論じるのが本書『「その日暮らし」の人類学 もう一つの資本主義経済』である。

 彼らの行動原理は「まず試しにやってみる、バラバラで」「稼げないとわかったら転戦する」「稼げるとわかったらみんなで殺到してすぐ終わる」だ。商売においては同じ商品は大量に仕入れずに、バラバラの製品を仕入れ販売する、一見非効率に見えるやり方だが、商機の探索とリスクの分散になっている。稼げるかどうかはやってみないとわからない、だからいつ転戦するかわからない。そういった短期決戦の姿勢は、共同経営や組織化のインセンティブと矛盾し、個人個人がバラバラで行動し、不確実性の高い市場を再生産し続ける。

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最終更新:10/4(火) 6:10

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