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やばいぞ内申書優等生、仕事がなくなるかも

JBpress 10/4(火) 6:15配信

 前回同様、日本の教育制度に関連して、個別具体的な案件ですが、1つ社会に提案したいと思うポイントをまとめてみたいと思います。

 内申書というものがありますね。あれ、やめたらいいんじゃないでしょうか? 

 もっとはっきり言えば、まるで趨勢に逆行するようなことをあえて記すなら、調査書の類などを入試で考査に織り込むことは法律で禁止した方が良いのではないかとすら思うのです。

■ 何のための内申書? 

 こんなことを考えたのは、まるで逆の方向にある記事を目にしたからでした。

 文部科学省が大学入試改革の一貫として内申書の「デジタル化」「点数化」を検討、推進しているという。

 「ペーパーテストでの『一発勝負』を脱却し、主体性や学ぶ意欲を・・・」

 あたりは、一見すると悪くはない。ところが直後からおかしくなっていきます。

 「主体性や学ぶ意欲を測るため、評価基準を開発し・・・」

 この瞬間、もうアウトです。単なる「担当した官僚が成果を業績にするシナリオ」に堕ちてしまった感が漂いまくってしまう。

 なぜかと言うと「ペーパーテストの一発勝負」より、多分数段悪質な「学生時代の主体性や学ぶ意欲を画一評価する、救いようのない「阿呆公式」がでっち上げられるであろうことが目に見えるから。

 申し訳ないけれど、人間の学ぶ意欲や主体性をデジタル化、点数化、さらに「線形順序な数値評価」化しようなどと言い出した瞬間、仮に動機がどんなに高尚高邁であれ、一度出来上がってしまった後には、現在の「偏差値」よりはるかに悪質な人間の序列化が進みます。

 もう少し露骨に言えば、「人の主体性を奪い、学ぶ意欲を踏みにじる」魔の数字として悪用されるリスクを否定できない。

 こんなの、まともに頭を働かせれば、誰でもすぐに想像がつくと思います。

 「あなたの主体性は何点で、学年の中では何番目にやる気があります」なんて客観評価されたら、どんな気持ちがしますか? 

 その順番で「最低」と評価された人は、やる気を出すでしょうか? 

 私なら「そんなのやってられっかよ」と机をひっくり返して出て行ってしまうと思います。

 教育の施策は、あらゆる児童生徒にプラスの効果をもたらすものでなければならないと私は思っています。その観点から、私は相対評価というものを非常に良くないものだと考えます。

 入学定員に限界がある入試なので、仕方なく一過性のペーパーテストを実施しているわけですが、それだけにとどめるべき必要悪で、入学後、大学では入試成績なぞ一切の評価と関係はありません。入ってしまったらそこまで。その先は自分で考え、開拓しろ、ということです。

 むろん、こういう施策を考える人は、別の日の当たる面を念頭に、良かれと思ってシナリオを書くのだと思います。

 「ゆとり」を考えれば分かりやすいでしょう。あれだって、良かれと思って準備したものだったはずです。で「あれ」だった・・・。

 「内申書のデジタル化」を目にしただけで正直言って寒気がしたのは、社会システムの電算化、自動化が高速に進んでいることを考えたこともあります。

 極めてデリケートな「個人情報」をさらに増やして、一体何に使おうというのか? 

 明確に断っておきますが、私は「高大連携」を積極的に推進する考えで大学の仕事をしており、基本的な情報共有を一番重視します。

 そこで必須なのは子供自身を見ること、面接し、パイロット授業で実際に教え、その子の感じ考えていることが分かって、初めて血の通った指導ができる。そういう信念を持っています。音楽家として、当たりまえのことです。

 実際に子供を見ずして「やる気がある」「主体性高し」といった数値指標の研究開発・・・役所が発表していることですから、今後進むのだと思いますが、私は原理的にこういうものは信用しません。

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最終更新:10/5(水) 13:30

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