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「誰かに認められたい」10代の少女たちの危うい心理 - 渡辺由佳里 ベストセラーからアメリカを読む

ニューズウィーク日本版 10/4(火) 18:15配信

<60年代ヒッピーカルチャーを背景に起きた凄惨な殺人事件「シャロン・テート事件」を題材に、期待の新人女性作家が少女たちの脆弱な心理を描く>

 アメリカ最大のブックフェアであるBook Expo Americaには、全米から図書館司書が集まる。大手出版社がPRに力を入れている新刊情報だけでなく、参加者の司書たちから得る現場の情報もまた貴重だ。学校の司書は、子どもたちに人気がある作品を熟知しているし、図書館への仕入れを担当している司書からは「今年注目の文芸小説」の情報を入手できる。

 情報源として頼りにしているある司書から、「あの本のARC(出版前のレビュー用のコピー)は絶対に手に入れたほうがいい」と言われた作品の1つが、エマ・クラインの『The Girls』という文芸小説だ。

 新人作家であるエマ・クラインという名前に聞き覚えはなかった。

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 日本には「新人賞」という文芸コンテストのシステムがある。狭き門だが、新人がデビューするためにはわかりやすい方法だ。だが、アメリカには、そういったシステムがない。まずは、自分の代わりに出版社に売り込んでくれる文芸エージェントと契約する。ところが、文芸エージェントを見つけるのは、日本で作家デビューするほど難しい。作品の一部とあらすじ、魅力的な手紙を書いても、たった数行の決まり文句の断り文が返ってくるだけだ。そして、文芸エージェントを得ても、出版社が興味を示す確約はしてもらえない。

 しかし25歳の若い女性の処女作『The Girls』は、出版社12社がオークションで競い合ったという。サインをしている著者を見ると、女子大生役を演じる女優のような印象だ。実際に子役として映画出演もしていたらしい。ジャグジー風呂の創業者の一族で、父はワインブランド「クライン」の創業者という裕福な家庭で育ち、16歳で大学に合格して、ミドルベリー大学で文芸賞を獲得。コロンビア大学のライティングプログラムで書いた短編が、著名な文芸誌Paris Reviewに掲載された。修了後すぐにニューヨーカー誌に勤め、同時に文芸エージェントも得て、この小説を書き終えたという。

 この作品を含めた3作の契約金は、なんと200万ドル(約2億円)だ。

 それに値する作品なのかどうか、高すぎる期待を裏切られることを覚悟で読み始めた。

 エヴィという中年女性は、知人の家で仮住まいをしているが、突然現れた若いカップルに静かな日常を乱される。知人の息子はどうやらドラッグ取引に関わっているらしい。そして、一緒にいる若い少女は、彼に洗脳され、翻弄されているようだ。2人を見ているうち、エヴィは自分が14歳だったときのことを思い出す。



 離婚した両親から無視されて寂しさを抱えていたエヴィは、親友の兄の気をひこうとするが、彼だけでなく親友すら失ってしまう。孤立した14歳の少女は、公園で、誰の目も気にせず、自由奔放にふるまう少女たちを目にして心惹かれる。エヴィが特に魅了されたのは、リーダー格で19歳のスザンヌだった。

 エヴィは、自分をのけ者にする学校の同級生よりずっとクールな年上の少女に自分のことを覚えてもらい、特別扱いされることに誇りや喜びを感じる。そして、スザンヌに誘われるまま、ヒッピーの少女たちが属するコミューンに出入りする。

 自由と愛をモットーにするその集団のリーダーは、ラッセルという大人の男性だった。少女たちよりずっと年上のラッセルが、メンバーの少女たち全員と性的な関係を持っているらしいことに気づいて、エヴィは違和感を持つ。けれども、スザンヌがラッセルを崇拝しているので、彼女に認められたいばかりに、ラッセルの数々の要求に従うようになる。

 筆者と同年代の読者は、ここまで読んだだけでチャールズ・マンソンとシャロン・テート殺人事件を連想するはずだ。

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 事件は、ヒッピー・ムーブメントのさなかに起こった。1967年の夏、サンフランシスコのヘイトアシュベリー地区にヒッピーファッションに身を包んだ10万人の若者が集まった。ベトナム反戦運動や反政府活動と結びついたこのムーブメントは、自由と愛をモットーにしたもので、有名なミュージシャンや詩人も参加し、「Summer of Love」と呼ばれた。

 だが、ヒッピーカルチャーは、ポジティブなことばかりではなかった。LSDなどの幻覚剤が乱用され、女性が見ず知らずの男性にタダで性交渉を提供することが、あたかも高尚な「愛の自由」の表現のように扱われた。

 チャールズ・マンソンのカルト集団も、Summer of Loveの熱気の中で生まれた。獄中でデール・カーネギーの『人を動かす』やサイエントロジーの洗脳方法を学んだマンソンは、出獄すると、そのテクニックを使って心理的に脆弱な少女たちを狙ってリクルートした。

 マンソンをビーチボーイズのデニス・ウィルソンに繋げたのも、信者の少女たちだった。ウィルソンがヒッチハイクをしていた少女2人をひろったところ、彼女たちに加えて17人の少女らが家に住み込んでしまい、彼女たちが「私たちのグル」としてマンソンを紹介したのだ。



 インドを訪問した体験から、ウィルソンはマンソンの提案するライフスタイルに興味を持ち、ミュージシャンとしてデビューしたいマンソンを音楽プロデューサーに紹介した。その話が決裂してマンソンが逆恨みしたのが、シャロン・テート殺人事件のきっかけだと言われている。映画監督ロマン・ポランスキーの妻シャロン・テートを含む5人がマンソンの信奉者の少女たちに殺されたが、元々のターゲットは、彼らではなくこの家に以前住んでいた音楽プロデューサーだった。

 妊娠しているテートが命乞いをしたとき、「ビッチ、お前に同情なんかはしないんだよ」と言って、何度もナイフで刺したのが、見た目が普通の少女だったというのもショッキングな事件だった。

 内容は酷似してるものの、『The Girls』はチャールズ・マンソン事件を再現する小説ではない。10代の少女の心理に踏み込んでいく。

 マンソンの信者の少女たちのように、エヴィが憧れたスザンヌたちは、「自由意志」で残酷な殺人を犯す。Summer of Loveで、若い女性が見知らぬ男性たちに身体を提供したのも「自由意志」だ。だが、孤独で愛に飢えた年若い少女たちの「自由意志」は、本当に「自由意志」だったのだろうか?

 殺人にしても、フリーセックスにしても、行動した少女らが自分で考えついたものではない。元々は(それを利用する)年上の男性が作りあげたものだ。なぜ、彼女たちは、簡単に操られてしまうのか?

 エヴィが憧れ、親しくしていた少女たちは、ラッセルの命じるままに、残酷な殺人を犯す。エヴィがそこにいなかったのは、スザンヌが彼女を仲間に加えなかったからだ。もし一緒にいたら、自分も殺人に関わっていたかもしれない。スザンヌがエヴィを放り出したのは、思いやりからなのか、それともラッセルに関係する嫉妬からなのか......。何十年もたった今、エヴィは過去の自分やコミューンの少女らを、距離を置いて眺める。すると、14歳のときには見えないことが見えてくる。

 エヴィだけでなく、当時は大人っぽく見えたスザンヌですら、「誰かに認められたい」「愛されたい」という10代の少女の脆弱な心理を抱えていた。そして、彼女たちはようやく獲得できたプライドを守るために、「自由意志」というコンセプトにしがみついた。

 クラインは非常に抑えた表現で少女の危うい心理を語る。25歳の新人とは思えない文章の成熟さが意外だった。派手な作品ではないところに、この小説の価値がある。

渡辺由佳里

最終更新:10/7(金) 23:45

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