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川谷絵音・ゲスの極み「CD発売中止、活動自粛」は、おかしくないか?過剰反応の恐ろしさ

女子SPA! 10/4(火) 17:20配信

 ゲスも年貢の納めどきか。

 タレント・ほのかりん(19)との交際発覚と同時に、彼女の未成年飲酒が明らかになり、ボーカルの川谷絵音はバンドの活動自粛を発表。

 これを受けて所属レコード会社のワーナーミュージック・ジャパンが、ニューアルバム『達磨林檎』(12月7日発売予定)のリリース中止を決定したのです。

 とはいえ、ムダに生命力の強そうな川谷のことですから、“これも新たなプロモーションなのか?”と勘ぐってもしまいますが、ひとまず事実関係を押さえておきましょう。

 未成年タレントとデートしているときに一緒にお酒を飲んでいたことが分かり、音楽作品を自主規制する事象が発生しているのだ、と。

◆「こんなヤツの作品は抹殺されるべき」という空気の恐ろしさ

 もっとも、筆者個人としてはしばらくゲスの極み乙女が聴けなくなるからといってこれっぽっちも困りません。でも、この過剰な反応は少しおかしいと感じるのです。

 彼をこころよく思わない人たちは、このニュースが報じられるやいなや、いっせいに快哉を叫んでいます。ネットニュースのコメント欄には、「活動自粛すればいいっていうもんじゃないよ。ベッキーの事からさかのぼって説明すべき」とか、「今まで処分が無いのが不思議だった」といったご立派な道徳観念で溢れかえっている。

 確かに軽率のそしりは免れません。不倫については社会的な辱めを受けたでしょうし、相手が未成年と知りながら飲酒させたことについては軽微ながら法的な責任が生じるのかもしれません。

 しかし、たかがそれだけのことで音楽作品を引っ込める判断が、果たして本当に正しいと言えるのでしょうか?

◆不祥事のたびに発売中止や回収になる理由がわからない

 今回に限りません。アーティストの不祥事、特に覚醒剤や麻薬関連のスキャンダルが起きるたびに、レコード会社は誰に言われるでもなく、そそくさと当該商品を回収する。確かに事件が社会に与える影響を過小評価すべきではないでしょう。

 しかし、各々の犯罪には定められた範囲での刑罰が設けられているわけですから、それ以外のペナルティなど全く必要ないのです。<懲役〇年、執行猶予△年×ヶ月>との判決が下れば、それまでの話なのです。その責は当人だけが負えばいいのであって、彼らの作品にまで及ぶ必然性は皆無なのです。

 しかし、そうした論理よりも感情と空気が支配する日本社会。ひとたび“悪いのはコイツです!”との声があがると、思慮分別なしにリンチが始まる。こういうときほど日本人の勤勉さが機能的に発揮されることはないのではないかと思うほど、皆ひたすらに暗黙の了解で叩き続ける。

 彼の音楽作品など聴きもしない人間によって、“こんな奴の作品は世の中から抹殺されても仕方ない”との世論が形成されていく。

◆ミュージシャンの素行と作品の質は関係ない

 百歩譲って、そうした多数の声が正しかったとしましょう。だとすれば、いま出ているビートルズやローリング・ストーンズ、エリック・クラプトンなどの往年の名作も同様に回収されなければアンフェアです。

 すでに時効とはいえ、川谷などとは比べ物にならないほど法的にも社会的にもワルいことばかりしてきたのですから。

 だけど、彼らはみんな勲章持ちです。そこには素行と作品の質は分けて考えなければならないという、明確な前提があるのですね。

 ビートルズやストーンズの例が古すぎるのならば、フィル・スペクターはどうでしょう。第2級殺人の罪で現在も収監中でありながら、偉大なプロデューサーとの名声は保たれたままです。ここ日本でも、大瀧詠一や山下達郎などに影響を与えた偉大な人物ということで、マニアの間で神格化されています。

 この“人殺し”のCDは店頭から、そしてアマゾンの倉庫から消えることなく、いまこのときも普通に流通している。不倫や未成年女子との飲酒と比べて、どちらが重大事犯かは言うまでもありません。

 こうした現状から考えても、ゲスの極み乙女が音楽活動を中止しなければならない理由など、どこにもないことが分かるのではないでしょうか。ミュージシャン・川谷絵音の評価は、絶対的に彼の作品によってなされなければならず、その音楽を市場から排するかどうかは、ひとえに聴き手の見識によって決定されるのです。

 あまりにも腐臭を放つ“良識”にはフタをしたくなるレコード会社の気持ちも分からないではありません。しかしそれでも言わねばなりません。今回の決定は音楽を扱う事業者としてはまぎれもなく自殺行為である、と。

<TEXT/音楽批評・石黒隆之>

女子SPA!

最終更新:10/4(火) 17:20

女子SPA!