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焼肉屋の煙でご飯を食べた…元NMB48の貧乏アイドルが語る「貧乏だけど楽しく生きる方法」

週刊SPA! 10/4(火) 9:10配信

 アイドルにもかかわらず「小学校時代はずっと同じ下着を履き続けていた」など、規格外の貧乏エピソードを持つ元NMB48の三秋里歩さん。幼少期に起きた数々の貧乏体験をこう振り返る。

「私の実家は一軒家だったんですけど、階段を上るだけで家全体がミシミシときしむほどボロボロでした。トタン張りのお風呂にはしょっちゅうアメンボが浮いていましたね」

 三秋さんの実家では両親が共働きをしていたものの、家計は常に火の車。当然ながら、その日の食べ物に困ることも日常茶飯事の生活を送っていたという。

「お肉を食べられず家族全員が貧血で倒れたこともありました。芸能界へ入るまですき焼きにお肉が入ってるとは知らなかったし、近所の焼き肉屋で煙だけを吸い、その記憶でご飯を食べたこともあります(笑)」

 ぜいたくのできない暮らしを送っていた三秋さん。そんな日々のなかで支えになっていたのは「貧乏は代々続くもの」と達観しつつ、「貧乏だけど楽しく生きる」をモットーにする母親の明るさだったという。

「育った環境がツラいと思ったことはありません。お母さんはお金がないとか生活が苦しいとか、そんな表情を見せなかったんです。寝返りもうてないほどの部屋で家族5人が川の字に寝るような環境だったけど、弟が鼻水を垂らしたとか、ささいなこともおかしくて。ちょっとした笑いや明るさを家族がもたらしてくれたから今の自分がいると思います」

 さらに、親と子のそれぞれが現実とどう向き合うべきなのか。経験からその心構えを語る。

「お金がなくてはできないこともあるけど、子供というのはいずれ自立するんだから、まず目標を見つけて、やりたいことを素直に両親に伝えるのが大切だと思います。そして、親御さんたちは目標に向かう子供を温かく見守り、悲壮感を見せずに明るく振る舞ってほしいですね」

 事実、三秋さんが芸能界へ進むことを決心したのも、母親の「受けてみれば?」の一言だったという。自らを卑下せず、明るい家庭で子供たちが目標へ向かえる環境というのは、貧困脱出のヒントになるはずだ。

【三秋里歩】

’94年、京都府生まれ。’10年にNMB48へ加入し、’15年にはソロ写真集『蛇口』を発売。’16年2月にグループを卒業して以降、テレビや舞台などで活躍している

※現在発売中の『週刊SPA!』10/4号では「密着ルポ 貧困の子供たち」という特集を掲載中。<取材・文/週刊SPA!編集部>

日刊SPA!

最終更新:10/4(火) 12:36

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