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大坂なおみが18年間を振り返る 「お姉ちゃんこそ最大のライバル」

webスポルティーバ 10/5(水) 20:30配信

■大坂なおみインタビュー@前編

 世界12位のドミニカ・チブルコワ(スロバキア)をはじめとするトップランカーを次々と破り、決勝に達した「東レ パン・パシフィック・オープン(PPO)」の快進撃から、2日後――。インタビューのために都内のホテルの一室に現れた彼女の顔は、少しばかり疲れているように見えた。実はこの日の彼女は、すでに数社におよぶメディア取材を受けたあとだったのだ。

【写真】数々の格上選手を撃破、大阪なおみの勢いは止まる気配がない

 急上昇するランキングに伴い、増えていく周囲からの注視や期待……。それら加速度的に移り変わる環境に身を置く18歳は、自身が成し遂げたことへの充実感を噛みしめながらも、決して自分を見失うことはなかった。

「まだ日本にいるから、なおのこと嬉しい感情は残っている。でも、またすぐに次の大会があるので、集中力を途切れさせてはいけないとも思っている」と語る彼女の心の張りは、すでに残り少ないシーズンをいかに戦い切るかに向けられているようだった。

 14歳にして”大人の世界”に飛び込んだ少女は、その5年後には、世界の46位へと一息に駆け上がっていった。3歳でアメリカに移り住むと同時に本格的にテニスを始めた彼女は、どのような幼少期を過ごし、いかなる信念を抱いてコートに立ち、今日まで戦ってきたのだろうか?

 自らの言葉で、そして心で、大坂なおみに紐(ひも)解いてもらった。ラケットを握ったばかりの日のこと、家族のこと、そして思い出深い試合の数々を……。

―― テニスを始めたのは、正確には何歳のときでしょう?

「3歳です」

―― 1歳半年上のお姉さんのまりさん、そしてお父さんと一緒にいつもやっていたんですよね? でも子どものころは、お父さんにもお姉さんにも勝てない時期がずっと続いていたと思います。

「そうでもないかな。お父さんは……正直、そんなに上手ではないから」

―― お父さんに初めて勝ったのは、何歳のとき?

「5歳かな?(笑いながら近くにいた父親の顔色をうかがうように覗き込みつつ……)。7歳にしておくわ」

―― では、お姉さんに初めて勝ったのは?

「15歳のとき」

―― えっ、15歳? では12年間もお姉さんに勝てない日が続き、それでも毎日、一緒に練習していたわけですよね。負けてばかりだと、「つまらない、もうやりたくない」とは思いませんでしたか?

「そんなことはなかったですね。きっと、お姉ちゃんのほうがつまらなかったんじゃないかな? だって自分より下手な相手と、いつもプレーしなくてはいけなかったんだから。

 私にとっては、毎回がとても楽しかった。負け続けていたからこそ、相手を倒すための”劇的な方法”を試そうとしていたから。それにいつも負けるたびに、『明日こそ勝ってやる!』とお姉ちゃんに宣言していたし」

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最終更新:10/5(水) 20:30

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