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国はなぜもっと部活動を活かさないのか --- 天野 信夫

アゴラ 10/5(水) 16:30配信

部活動が学校教育に果たす役割は実に大きなものがありますが、その運営の実態は実に大きな困難を含んでいます。例えば、その学校にとって必要な部活動の指導ができる教員を獲得することの、人事配当上の難しさをまずあげることができます。でも、本当に大きな困難は、この教育課程外の部活動の運営が、ほとんど顧問の教員の奉仕的な活動に支えられているというところに起因しています。

生徒や保護者の部活動への要望は様々です。顧問が熱心で、内容的にも時間的にも少しハードな練習が続くと、「家庭学習や家族との時間が持てない」とか、「疲れて家に帰ると夕飯を食べて寝るだけ」などという不満や不安の声が保護者からあがります。

練習メニューを薄くして練習時間を短くすると、今度は、「もっと厳しく指導して欲しい」とか、「朝練や休日の練習をもっとやって欲しい」などという声があがります。とりわけ、頼まれてやむなく専門外の部活動を引き受けている教員には、引き受けるだけでも大変なのに、文句まで言われて時にはやりきれない思いをします。

日曜日などの休日や、夏休みなどの長期休業中にも部活動はあります。練習試合や公式戦も入ります。顧問の教員にはわずかばかりの部活動手当が支給されますが、例えば休日に8時間指導しても、一日3,000円の手当です。時給に換算すると、わずか375円の計算です。試合の後、部の生徒たちにジュースの1本ずつでもおごってあげれば、もうそれでほとんどパーです。来年度から多少値上がりするようですが、大差はないでしょう。

校外の練習場所や試合会場までの顧問の交通費も、学校の旅費予算が十分でない学校では顧問の自腹です。お金のためではないとはいえ、これではあんまりです。部員が練習中に怪我でもすれば、場合によっては顧問がその責任を問われ、訴えられることもあります。

部活動が、もっぱら教員の熱意に頼る、勤務時間外のほとんどボランティア活動であるということへの認識が、残念ながら大方の保護者に不足しているという現実があります。部活動に係わる「現場の実態」と、それに対する「保護者の理解や支援」とのバランスが、ここでは十分ではありません。

部活動は普通、異年齢集団の生徒の寄り合い所帯です。その中に、先輩がいて、後輩がいて、同学年生がいて、その全体を取り仕切る部長がいます。当然そこには、揉み合い、揉まれ合いがあります。いじめる先輩がいるかと思えば、それを庇ってくれる先輩もいます。後輩は先輩に従うのが普通ですが、先輩だからといって油断はできません。いい加減な先輩に対しては、後輩が陰で批判したり、馬鹿にしたりもします。同学年生は親しい仲間であると同時に、正選手の座をめぐって切磋琢磨する競争相手にもなります。

この中で生徒は、厳しい練習と同時に、縦横の難しい人間関係をこなす術を自然と学んでいきます。部活動をしている生徒にとって、部は一つの社会そのものです。ガキ大将に率いられた近所の子ども集団がなくなった今、部活動はそれに替わる貴重な子ども社会を提供してくれています。

なぜこの日本独自といってよいほどの素晴らしい活動を、国はその教育施策の中でもっと活かそうと考えないのでしょうか。「総合学習」などという、結局はよく分からなかったものを導入してお金を使うよりも、余程その方が効果的です。

部活動はもっぱら顧問の教員の熱意で運営されています。生徒の体力や家庭生活とのバランスを考えながら、顧問の教員は自身の体力や家庭生活、そして校務とのバランスにも苦しみながら活動しています。 学校教育の中での部活動の位置づけをしっかりさせ、指導する教員に活動しやすい環境を作ってあげることがもっと必要だと思います。

天野 信夫
元中学教師

天野 信夫

最終更新:10/5(水) 16:30

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