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かつて柏でプレーしたブラジル人FWが告白 リバプールからのオファーを拒否した理由は…

Football ZONE web 10/5(水) 20:28配信

クレオが当時の広州移籍の舞台裏を語る

 かつて柏レイソルでプレーしていたブラジル人FWクレオが、2011年にリバプールからのオファーを拒否し、中国1部の広州恒大への移籍を決断した理由を明かした。英紙「デイリー・スター」が報じている。

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 クレオは2013年に、広州恒大から1年間の期限付き移籍で柏に加入。リーグ戦27試合9得点の成績を残し、翌年から母国ブラジルに戻り、現在までアトレチコ・パラナエンセでプレーしている。

過去には欧州進出を果たしており、2008年にセルビア1部リーグの名門レッドスターに移籍。翌年からは同じベオグラードを本拠地とする宿敵パルチザンに2シーズン在籍し、爆発的な得点力を披露していた。

 その活躍に目をつけたのが、当時リバプールの指揮官を務めていたロイ・ホジソン氏。2011-12シーズン開幕前に具体的なオファーを提示したが、クレオは当時まだ世界的には無名な存在だった広州を新天地に選んだ。

 世界最高峰のプレミアリーグでプレーする機会をみすみす逃した理由について、ブラジル人FWは次のように振り返っている。

「欧州トップクラブの誘いには乗れなかった」

「あの時は、中国に行かざるを得ないシチュエーションだった。事実上、他に選択肢はなかったんだ。中国から舞い込んできたオファーは、とてつもなく巨額なものだった。当時の中国リーグで歴代最高の移籍金だったんだ。それを機に中国人は、外国人への投資に重点を置くようになった。あの膨大な金額を前にすれば、リバプールやフィオレンティーナ、リヨンやマルセイユといった欧州トップクラブからの誘いにも乗ることはできなかった」

 多くの欧州クラブからオファーを受け、スター選手へ登り詰める道が切り開かれていたものの、金銭的な魅力を凌駕することはできなかったようだ。

「近年でも、欧州でプレーすることは可能だった。しかし、4年間に渡って中国で稼いだ金額には到底及ばない。もちろん、欧州のメジャーなクラブでプレーすることは、誰しもが夢見ることだ。当然、難しい決断になった。特にロイ・ホジソンが僕を、『ゴールマシン』と呼んでくれた時はね。だけど、後悔はしていない。僕の収入は安定したからね」

 アトレチコ・パラナエンセでプレーするクレオは、現在も裕福な生活を送れる余裕があるという。世界的なトップクラブでプレーすることが、サッカー界におけるサクセスストーリーとして位置づけられているが、たとえレベルが劣っても中国などで莫大なサラリーを得ることができれば、それも選手のキャリアにとって1つの成功事例と言えるのかもしれない。

フットボールゾーンウェブ編集部●文 text by Football ZONE web

最終更新:10/5(水) 20:28

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