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横浜点滴連続殺人 内部関係者関与なら病院への不満原因か

NEWS ポストセブン 10/6(木) 7:00配信

 昼間だというのに、病棟は不気味な静けさに包まれていた。聞こえてくるのは、ピーン、ピーンという医療機器が発する電子音と、ナースの足音だけ。フロアに20人ほどいるはずの入院患者たちは、その気配が感じられない──。

 点滴への異物混入による連続殺人事件の舞台となった大口病院(横浜市神奈川区)は、JR横浜線・大口駅から歩いて数分のところにある。近くの商店街には個人商店が軒を連ね、下町の雰囲気を色濃く残す地域だ。病院は5階建て。ベージュ色のタイルの壁には雨染みが目立つ。

「昔は産婦人科が専門の2階建ての小さなクリニックでした。院長も温かい人柄で、地元にはここで生まれた人がたくさんいます。1984年に駅の反対側に系列の大口東総合病院ができると、もとからある大口病院はリハビリがメーンの“お年寄りを受け入れてくれる病院”として再開しました。後になって小児科ができると、“混んでなくてすぐ診てもらえるから穴場”と評判でしたよ」(古くからの地元住民)

 1階は外来、2、3階が療養病棟(43床)。事件が起きた4階は、「慢性期」と呼ばれる患者が入院する一般病棟(42床)だった。

「末期がんや重度の脳梗塞、老衰など回復の見込みのない患者さんが多く入院する、いわゆる“終末期患者”のためのフロアでした。ベッドから動けず、しゃべれない人がほとんどだから、お見舞いに行ってもシーンとしているんです。近所では『あの病院に入ったらもう終わり』といわれていました」(別の地元住民)

 一般の病院では、治療することがなくなった「慢性期」の患者は退院させられるケースが多い。大口病院はそうした患者の受け皿になっていた。父親が大口病院で亡くなった50代男性が言う。

「脳梗塞で倒れ、他の病院で治療を受けていたんですが、“もう手の施しようがない”と言われて病院を出され、大口病院に来ました。ここは長期間入院させてくれるし、看取りまでやってくれるうえ、他の病院に比べて入院費が安いんです」

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最終更新:10/6(木) 7:00

NEWS ポストセブン

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