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ボリス・ジョンソンの「国籍」問題はリベラル派を利している --- 神谷 匠蔵

アゴラ 10/6(木) 12:30配信

池田信夫氏が「ボリス・ジョンソンは二重国籍疑惑で首相を断念した(http://agora-web.jp/archives/2021858.html)」という記事を出されたが、ここは英国在住者として若干補足すべき点があると感じたので少しだけ補足させていただくことにする。

まず、Boris Johnson (ボリス・ジョンソン)氏が首相選出馬を断念した理由は明らかにはなっていない。だからこそ欧米メディアは当初「大変ショックを受け」大いに驚いたのであるが、未だ真相は闇の中である。

池田氏が引用されている元記事(https://www.washingtonpost.com/news/wonk/wp/2016/07/01/boris-johnson-wont-be-britains-prime-minister-but-he-could-be-americas-president/)のWashington Postというのはそもそもリベラル左翼系のメディアであり、「国籍問題」などという右派マターの問題で要人を攻撃するようなことは本来「らしく」ないはずだ。

それにも関わらずJohnson氏が国籍上「アメリカ人」でもあることを嘲笑するような記事がリベラル派から出たのは、他でもない、Johnson氏が推進した「Brexit」を批判するためである。つまりBrexitは本当に英国の利益になるのか、Brexitで利するのは英国ではなくアメリカやその他の「外国」ではないか、Brexitを推進したJohnson氏自身、「アメリカ人」ではないか、これこそがJohnson氏の二重国籍を指摘する側が暗示していることである。

もっと言えば、アメリカ人であるJohnson氏が推進したBrexitは英国の為にならない。英国はEUに戻り、EUと共に世界の「リベラル化」という「進歩の道」を歩み、「歴史の進歩の流れ」に逆行する「アメリカのトランプ」のようになってはならない。そう言いたいのである。

あるいは、「国籍」という概念を無くそうとしているEU推進リベラル勢力を批判する「ナショナリスト」の「ナショナリティー」(国籍)が実は「二重」であるという、Johnson氏の主張を自分自身で裏切っている点を皮肉っているとも言える。

つまり、二重国籍そのものが問題だというよりも、これは伝統的な「国籍」概念の堅持を主張するJonhson氏に対し、その主張が自分自身に対してbackfireしていることをリベラル派が「そらみろ、国籍概念なんて馬鹿馬鹿しいことがわかったろう?」と言わんばかりに笑っているのである。

それだけではない。アメリカ国籍保有者は、どこの国に住んでいようと税金を払い続けなければならない。Johnson氏がアメリカ国籍を手放したかったのは、何も首相選に出る際に「英国への忠誠を示す」ためだけではない。むしろ「英国への忠誠心」に託けて厄介な米国籍を手放し税金から逃れたかったのである、という見方もある。

従ってJohnson氏が首相を辞退したのは上のようなリベラル派による嘲笑に勝てなかったからではないように思われる。というのもJohnson氏は既に二重国籍を公に知られた上でロンドン市長として職務を全うしており、かつ仮に首相になり、その上でまだアメリカ国籍を保有していたとしても英国の法律上は何の問題もないからだ。

そもそもアメリカ自体元来英国領であるし、英国とアメリカの「二重国籍」というのは歴史的背景を考えればそうおかしなことでもない。

素直にメディアの報道を信じるならば、Brexitという政治目標を達成したのでもはや他に主張するべきこともなくなってしまい、丁度東大受験生が合格後に「バーンアウト」してしまうように、Johnson氏も自ら首相になる必要がなくなったのではないだろうか。ジェントルマンクラブの英国保守党としても、既に国民投票の結果に怒り心頭のEUに対し、Johnson氏を首相にしてさらに挑発するほど挑戦的態度を取りたくはないだろう。

Johnson氏は二重国籍だろうと何だろうと(Brexit支持派の)国民からは依然支持されているのであるが、EUや国内のEU残留派に配慮して退いた、あるいは退かされたに過ぎない、と私は見ている。

尤も、もしかするとその際に保守党内部で「二重国籍」を理由に揺すられた可能性までは否定しないし、Johnson氏自身は自分が二重国籍であることを「障害/obstacle」であると見て取り除くことを望んでいた。実際にはそれは単なる税金逃れの口実だったとしても、ともかくJohnson氏が英国への忠誠を示すために米国籍を抜くと発言していたのは事実である。

だが、やはり英国の保守主義は日本人が考えているよりはるかに「リベラル」であり、簡単に日本の保守主義と同一視できるものではないのではないかと私は考える。

特に国籍問題に関しては、そもそも英国の王族は外国人もかなり多い。現在のThe House of Windsorは元々Hanover姓を名乗るドイツ系であるし、フランス系やスコットランド系などの王は過去にも複数いる。Boris Johnson氏自身、女系とはいえ先祖にジョージ2世を持つれっきとしたblue bloodであるのみならず、フランス系、ユダヤ系およびオスマン朝のムスリム知識人の血をも引く国際色豊かな家系を背景に持っている。西欧の上流階級においては血統に拘るとはいっても外国貴族を徹底的に拒むわけでは決してないのだ。

ということで、Johnson氏の国籍問題は蓮舫氏のそれとは相当色合いの異なる問題である、ということだけ念のため指摘させていただく。

神谷 匠蔵

最終更新:10/6(木) 12:30

アゴラ

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