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大阪の改革―10年を振り返って --- 上山 信一

アゴラ 10/6(木) 16:30配信

東京都の改革にかかわり、約2か月。最近ますます、10年前の大阪と似ていると痛感します。
当時の大阪市もめちゃくちゃでした。あちらの場合は、労使の癒着です。パソコン一台を買うときすら労使協議をしていたのです。合理化で職を失う仲間がいるかもという理屈です。役所側も労務管理を労組に依存していました。こうした癒着関係の上に「背広を制服と称して公費で立て替え」「から残業」「やみ年金」などの不祥事が多発していたのです。

そこから職員厚遇問題がやり玉にあげられ、私は福利厚生問題の検証委員となり、市の改革に携わりました。2005年2月のことです。さらに当時の関市長は不祥事を機に市政改革本部を設置し、わたしはその本部員となります。市長と助役(大平光代さん)とともに予算、人員を見直しし、情報公開も徹底しました。こうして大阪市はとうとう情報公開度日本一にまでになるのです。

やがて大阪市は外部委員からなる市政改革推進会議を作り、改革の監視体制を作ります。私はその議長をやり、地下鉄、バス、保育所など個々の事業の評価を公開の会議でやりました(関市長時代。橋下時代は特別顧問で、今も続いている)。こうして2年が経った頃、大阪市単独での改革の限界を感じ、大阪府との合併や地下鉄民営化などの提案へ至ったのです。ちなみに今の東京都の都政改革本部の体制はこれや過去の政府の行革本部の体制を参考にしています。

しかし、厚遇問題の発覚から2年10か月後の07年11月、関市長は落選。地下鉄民営化などを訴えたのですが当時の市民には浸透しなかったのです。一方、その3か月後、08年2月に橋下知事が誕生します。私は今度は橋下さんに請われ、橋下改革を始めました。さて、以下はこうした10年越しの大阪改革のひとつの成果です。都構想はいったん消えましたが、個別事業の統合は着実に進んでいます。こうした実績の上に、次回の住民投票ではいよいよ都構想を実現したいものです。

以下はサンケイです。

“橋下氏ら構想から5年…大阪府・市の工業系研究所統合案、市議会で可決 来春一元化へ(http://www.sankei.com/west/news/161004/wst1610040100-n1.html)”


編集部より:このブログは慶應義塾大学総合政策学部教授、上山信一氏のブログ、2016年10月5日の記事を転載させていただきました。転載を快諾いただいた上山氏に感謝いたします。オリジナル原稿をお読みになりたい方は、上山氏のブログ「見えないものを見よう」(http://blogs.yahoo.co.jp/shinichi1957ueyama/)をご覧ください。

上山 信一

最終更新:10/6(木) 16:30

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