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下町・両国は、盛り場だった!? 人形が真実を語る――江戸の謎とは?

ダ・ヴィンチニュース 10/6(木) 19:00配信

「お話を考える時は、いつもぐるぐると街を歩き回るんです。歩きながらぼんやりいろいろなことを考え、ある程度まとまったら喫茶店に入って書き留めて。ある時、いつものように歩いていたら、ふと文楽人形のポスターが目に飛び込んできたんです。それはもう、とてもきれいな横顔で。そこから人形が登場するお話を考えつきました」

 「しゃばけ」シリーズをはじめ、数々の時代小説をものしてきた畠中さんが、このたび描くのは人形遣いの月草と姫様人形お華の物語。ビードロのように煌く瞳で真実を見抜く“まことの華姫”が、江戸両国の見世物小屋で夜ごと話芸を繰り広げる。

 「ひとつ頭にあったのが、いっこく堂さんのような腹話術です。当時こうした見世物はなかったようですが、華やかな姫様人形で腹話術する出し物があったら、江戸で受けるのではないかと思いました。それに、人形には不思議な存在感がありますよね。夜の見世物小屋は、蝋燭を立てても暗かったと思います。人形の顔は胡粉で真っ白ですから、お客さんの目も自然そちらに向かったでしょう。ゆらめくような蝋燭の灯りの下、お華が話すとなればその言葉を信じてみたい気持ちになるかもしれません。『“まことの華姫”なんて噂に過ぎない』と言われても、『でも本当かもしれない』と思ってしまうんです」

 とはいえこの小説、お華が“まこと”を見透かす眼で謎を解く……という捕物帳ではないのがユニークなところ。見世物小屋の客がお華に向かって話をすると、いつしか自分の気持ちに整理がついてくる。さらにお華や周囲の助言もあって、やがて悩みや迷いが振り払われていく。

 「『名探偵 皆を集めて さてと言い』というのとはちょっと違いますね。自分が弱っている時ほどお華の言葉を信じてみたくなるという点では、占いに通じるものがあるかもしれません。それに、このお話自体ミステリーとも言い切れないんです。推理あり、見聞あり、人情ありといろいろ入っています」

■習俗を交えて描かれる江戸を生きる人々の思い

これまで数多くの小説を執筆してきた畠中さんだが、意外にも女性主人公を描くのは初めてだとか。そのため、しっくりくるまで何度も書き直したという。

「短編で書いたことはありますが、一冊まるごとは初めて。月草とお華のコンビを考え、お話を考えて、その行ったり来たりのうちにだんだんと世界観や周りの人たちの日常ができあがっていきました」

 影が薄くておとなしい月草と、そんな彼に小気味よい突っ込みを入れるお華。月草の一人二役なのだが、凸凹コンビのような対照的なキャラクターも面白い。

「月草は一見するとヘタレですよね(笑)。中身はしっかりしているのかもしれませんが、しっかりした部分はお華に取られているのかな。文楽の人形遣いをされている方とお話ししたところ、『人形がいるから舞台に立てる』とおっしゃっていました。月草も、下手したらお華を頼っているところがありますよね。お華がいるから落ち着いていられるんだと思います」

 両国の見世物小屋を仕切る地回りの親分の娘・お夏も、物語に華を添えている。収録された5編のうち、表題作「まことの華姫」ではお夏が姉・おそのの死をめぐる謎の真相を探っていく。

「いかにも江戸らしい、火事のお話です。当時と今では、まず消し方が違います。木造なので燃えるのも早いので、かなり手前のほうから家ごと打ち壊していくんです。まだ燃えていないところまで壊すわけですから、大ごとですよね。火付けなんてしようものなら重罪でした。でもその割に、火付けをする人が後を絶たないのが江戸の怖いところ。そういった世界を描いてみようと思いました」

 大火事で幼子を失った夫婦が実の子どもを捜す「十人いた」、西国から来た若旦那が出奔した親友かつ義兄を追う「西国からの客」、お華が本当に千里眼を持っていると信じ込んだ客による騒動「夢買い」と続くうち、やがて月草が人形師を辞めて人形遣いになった理由も明らかに。子どもの着物の背中に魔除けとしてつける“背守り”、江戸と大坂の跡継ぎ事情の違いなど当時の習俗を交えながら、時に軽やかに、時にしんみりと江戸を生きる人々の思い、彼らをめぐる謎が描きだされていく。

 そして最終話「昔から来た死」では、月草の過去にまつわるエピソードが語られる。月草が江戸に流れ着き、この地を自分の居場所と定める経緯に、胸が、目頭がじんわり熱くなる。

「食い詰めた人が流れていくのは、大きな都市です。当時なら江戸か大坂でしょう。しかも、江戸は参勤交代で流入してくる人がとても多いので、よそ者が居つきやすかったと思うんです。だからこそ、お華いわく『お江戸は“大丈夫な町”』。行く当てがない人を受け入れ、離れても大丈夫な時が来たらさらりと去っていける町なんです。月草も息をつきやすかったのではないでしょうか」

■よくわからないからこそ江戸って面白い

町と言えば、舞台となる両国の華やかさもこの小説の読みどころだ。蒸し暑い夏の盛りに、多くの人々でにぎわう夜の両国橋。団子に寿司、天ぷらを売る屋台がずらりと並び、見世物小屋の前では木戸番が出し物の口上を述べ立てる。生き生きとした描写から町の光景、雑踏の熱気までもがくっきり立ち上がり、祭りの前のように心が浮き立ってくる。

「江戸の人々が行動するのは、朝から日暮れまで。歌舞伎小屋なんかも、火事が怖いので日が暮れると火を落とすんですね。でも、どうやら両国は夏の間だけ夜遅くまで店が出てにぎわっていたらしいんです。なにかの史料で知り、その様子をぜひ書いてみたいなと思いました」

 当時の両国は、江戸においてどんな位置づけだったのだろう。

「盛り場ですよね。東のほうが猥雑だったのかな。庶民も武家もお金がありませんでしたが、あそこならちょっとのお金で大道芸が見られました。昔の武家は暇だったんですよ。特に参勤交代で来た人は、することがない。でも門限が厳しいので、遠出するわけにもいきません。あのあたりが、いい遊び場だったのでしょうね」

 江戸時代のことながら、まるで実際に見てきたことのように語る畠中さん。イメージを膨らませるには、文献にあたるだけでなく想像を喚起するビジュアルを見るようにしているそうだ。

「両国の江戸東京博物館に、当時の街並みを再現したジオラマがあるんです。ミニチュアの小屋も、ちゃんと酒樽の菰でできていて。菰は防水加工されているので、当時は小屋の材料に使っていたんですね。こうしたジオラマや、深川江戸資料館に復元された街並みを見て、イメージを膨らませています」

 デビュー以来、時代もの、中でも江戸時代を舞台にした小説を数多く執筆しているが、なぜそこまで江戸に惹かれるのだろうか。

「いまだに新しく発見があるんです。それこそ今回なら、夜の両国がそう。ここまで江戸のお話を書いてきましたが、夜の両国がにぎやかだったなんて知りませんでした。夜の風景は、錦絵にも描きづらいのかあまり残っていません。吉原も日暮れてからのほうが華やかだったと思いますが、ほとんど絵に残されていないんです。でも、実は明るくて華やかな地域もあって、夜っぴて歩く振り売りもいて。どうやら、24時間営業の居酒屋もあったというから驚きますよね。から汁、つまりおからの味噌汁を酒の肴にしていたなんて聞くと、それを小説にも書いてみたくなります。調べれば調べるほど、いろいろなことがわかって面白い。今でもよくわからない世界なんです、江戸って」

 江戸の奥深さに魅せられ、次々に作品を発表してきた畠中さん。実は、今年でデビュー15周年を迎えるという。

「早かったですね。じたばたしているうちに、あっという間に15周年(笑)。デビューしたばかりの頃は、まだ史料の読み方もわからなければ、どの本を読むべきかもわかりませんでした。周りの同業者にいろいろ教えていただいたり、経験を重ねていったりするうちに、年月が経っていたという感じです。当初は『慣れればもっと速いペースで書けるようになるよ』と言われましたが、いつまで経ってもちっとも速くならず(笑)。1日に書く量も変わらず、ずっと年に3冊のペースを保っています」

 現在は、実在の人物をモデルにした時代小説に初挑戦しているとのこと。『まことの華姫』続編を執筆する可能性について聞くと、「さて、この本どうなりますでしょう」と悪戯っぽい笑顔が返ってきた。

「書く書かないは、この本の反響次第。ともあれ、今回は夜の両国のお話です。知っているようで知らない世界を、一度楽しんでいただければと思います」

取材・文=野本由起 写真=臼田尚史


 

最終更新:10/6(木) 19:00

ダ・ヴィンチニュース

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