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「トランプ隠し」作戦が効いた、副大統領候補討論の評価 - 冷泉彰彦 プリンストン発 日本/アメリカ 新時代

ニューズウィーク日本版 10/6(木) 16:00配信

<今週の副大統領候補の討論会では、共和党のペンスがトランプのことを語らない「トランプ隠し」作戦に出た。結果として、トランプを糾弾した民主党のケインにペンスが「勝利」したという評価に>(写真:トランプを糾弾するケイン〔左〕の攻撃をペンス〔右〕は完全にスルー)

 今週4日にバージニア州で行われた副大統領候補のテレビ討論は、様々な意味で注目されていました。まず、共和党のマイク・ペンス候補(インディアナ州知事)は、前週以来「国税を長期間にわたって払っていない」ことがわかって炎上中のトランプ陣営を、「救う」ことができるかどうかが話題になっていました。

 一方、民主党のティム・ケイン候補(バージニア州選出上院議員、同州の元知事)には、相方のヒラリー・クリントンが若年層の間で不人気なのをカバーするという役割、具体的には人間味や庶民性が期待されていました。

 ところがその討論の内容は、大変に奇妙な流れになりました。というのは、ペンスは「まるでドナルド・トランプという候補の存在がない」かのように振る舞ったのです。一種の「トランプ隠し」作戦です。

【参考記事】前代未聞のトランプ節税問題と奇妙な擁護論

 例えば、ケインが「トランプは税金を払っていない」と突っ込むと、ペンスは「困ったような顔をしながら首を横に振って」まるで、ケインの批判が「ウソ」であるかのようなボディ・ランゲージを見せるのです。では、その批判に対して反論するかというと、それは「一切しない」という非常に高度な作戦に出ていました。正に「トランプ隠し」の戦術です。

 それでは、ペンスは何を語ったかというと、極めてクラシックな共和党的な論法によって、民主党のリベラリズムを攻撃しました。例えば、中絶問題で強硬な姿勢を見せ、財政規律に関してはオバマ政権を批判するという論法です。そして、その「典型的な共和党右派の論法」はトランプのアナーキーな罵倒スピーチに慣れた耳には「何ともいえない懐かしさ」を感じさせました。これもまた、「トランプ隠し」に他なりません。

 そんな中で、ケインはあくまで「トランプ」にこだわりました。例えば、ペンスが「ロシアの横暴を許したのは、オバマとヒラリーの外交が弱いからだ」と攻め立てると、ケインは「そのロシアのプーチンをトランプは賞賛している」と激しく突っ込むわけです。ですが、そのケンカをペンスは「困ったような顔」でスルーする、その繰り返しでした。

 結果的に、ケインはペンスの発言を遮って「でもトランプはこう言っている」「その点についてトランプはこうも言っている」と、トランプの暴言や罵倒のセリフを持ち出して攻撃するのですが、これがどんどん空回りして行きました。何も考えずに見ていると、ケインは「とにかく相手の発言を遮る失礼な人間」とか「攻撃的に過ぎて安っぽい」というイメージを受けるわけです。



 結果的に、CNNとORC(オピニオン・リサーチという調査会社)が共同で実施した討論直後の簡易な世論調査では、「ペンスの勝利」とした人が48%、「ケインの勝利」としたのが42%と、ペンスが優勢という結果が出ました。

 メディアも同様のことを言っており、CNNでは民主党系の評論家たちまで「今回はペンスが勝利」だなどと、まるで「ゲームとしてのディベート」であるかのような論評をしていました。

 なかには、2012年の大統領選で、オバマ大統領が第1回のテレビ討論で精彩を欠いた後、副大統領候補の討論で、バイデン副大統領が共和党のポール・ライアン候補に圧勝し、それが第2回討論でのオバマの巻き返しにつながった、などという「故事」を持ち出して、トランプ候補の「復調」に期待するような論調もありました。

 このような報道姿勢がどこから来るのかというと、アメリカのテレビ局の場合、中立性を確保するというモチベーションよりも、選挙関係の世論調査で大きな差がついてしまって選挙戦が一方的になるのは困るという「露骨な利害」があるからかもしれません。

【参考記事】トランプ、キューバ禁輸違反が発覚=カジノ建設を検討

 とにかく大統領選というのは、ニュース専門のケーブルチャンネルだけでなく、三大ネットワークにおいても稼ぎ時だからです。視聴率だけでなく、スーパーPACと言われる支持団体NGOからの莫大な広告出稿が期待できるからです。そのビジネスモデルからすると、選挙は僅差で白熱することが望ましいわけです。

 それにしても、ペンスの戦術は異常でした。ケインの「トランプ批判」を、徹底的に「スルー」しました。困ったような顔で首を振りながら聞き、自分の番になると「一切なかったかのように」別の話題で民主党への攻撃を始めるのです。

 要するに「メキシコ国境に壁を作る話」も、「イスラム教徒の入国禁止」も、「サウジ、日本、韓国への核武装容認」も、何もかもがペンスの手にかかると「なかったこと」になってしまうのです。

 リベラル系のメディアは、ペンスがトランプを「擁護しないことが6回もあった」という批判をしていますが、これは完全に確信犯です。つまり、伝統的な共和党の支持者たちに「自分たちは共和党だ」ということを再確認させて、少なくとも議会や知事の候補に関しては棄権せずに投票し、あわよくば「トランプ=ペンス」のコンビにも投票させよう、そうした緻密な計算の上での行動だったように見えます。

 そんなペンスの討論姿勢を「勝利」だと評価してしまうメディアは、実は今回の「トランプ現象」を演出してきたのが自分たちだと、暴露しているようなものだとも言えるでしょう。

冷泉彰彦

最終更新:10/12(水) 16:50

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