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小林麻央、転移でも折れない強さの拠り所

デイリー新潮 10/6(木) 5:58配信

 9月からほぼ毎日、ブログを更新しつづけ、病魔との戦いにも、少なくとも“折れる”ところを見せることなく、がんが肺や骨にも転移していることまでサラリと書き記す。小林麻央(34)の強さの拠り所は、どこにあるのだろうか。

 ***

〈この時点では、まだ脇のリンパ節転移のみだった。(その後、現在肺や骨などに転移あり)〉

 麻央が9月から綴っている「KOKORO.」と題したブログに、〈告知日〉というタイトルのもと、そう書いたのは20日のこと。要は、初めてがんを告知された一昨年10月のことを記し、カッコでさり気なく、現在の状況を付記しているわけだが、専門医にはその記述だけで、彼女の病状がはっきりわかるのだそうだ。

 そこに触れる前に、麻央が今に至るまでを振り返っておきたい。さる医療関係者が打ち明ける。

「麻央さんが人間ドックの超音波検査を受け、左胸に乳がんが疑われる所見が認められたのは2014年2月のこと。その後、市川家と縁が深い港区の病院の乳腺外科に行きますが、ミルクの塊の乳瘤(にゅうりゅう)だろう、と診断されます。ただ授乳期間中は間違いやすいので、医師は“半年後に来てください”と伝え、麻央さんは10月に病院を再訪。エコーなどで乳がんだとわかり、急いで組織検査の針生検を行い、乳がんという診断が確定します」

 ブログに書かれていたように、がんは脇のリンパ節に転移していた。だが、がん治療に詳しい三浦病院の三浦健院長は言う。

「乳がんが全身に転移してしまうと手術をしても間に合いませんが、それだけの転移であれば、まだ乳がんが局所に止まっている状態なので、手術が有効である可能性が高いのです。それなのに、なぜ小林さんは手術を受けなかったのか。考えられるのは、もっと病状が酷かったか、本人が手術を受けないことを強く希望したかのどちらかです」

 実際、先の関係者によれば、港区の病院は、

「抗がん剤を使ってリンパ節をはじめ全身に散らばったがん細胞を叩き、手術で局所を取り除くことを提案しました。この“標準治療”で完治できる可能性はかなり高かった」

 ところが、である。

「麻央さんは“標準治療”を拒んで、大事な時期にこの病院を離れます。病院が麻央さんを説得しきれなかったのです。結果、今入院している中央区の病院を訪れるまでの約1年半、何をしていたのかわかりません。可能性が高いのは、免疫療法など“非標準治療”に頼っていたということ。しかし今春、俗に“花が開く”と言われますが、乳がんが皮膚から飛び出してしまうほど悪化し、今の病院を訪ねたのです」(同)

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最終更新:10/6(木) 11:50

デイリー新潮

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