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大正天皇は摂政となった皇太子に、「印」を手渡すのを拒んだ……天皇の退位について考える

デイリー新潮 10/6(木) 9:30配信

 8月8日のビデオメッセージで、天皇陛下は、生前退位への強い思いを示唆された。「国民の理解を得られることを、切に願っています」との陛下のご意向を受け、9月23日、生前退位を検討する有識者会議のメンバーが決まった。86歳の今井敬経団連名誉会長を座長に6名。外部の専門家からも意見を聞き、提言を取りまとめる。政府は特別措置法で今上陛下に限り、退位を可能にする方針だという。

1.了承していたはずの大正天皇が……

 大正10(1921)年11月25日。この日開かれた会議で、健康のすぐれない大正天皇に摂政を置くことが決定された。
 会議の名称は「皇族会議」。
 出席者は、摂政となる皇太子(のちの昭和天皇)、宮家の12人の皇族の他に、摂政案を提出した元老・牧野伸顕宮内大臣、松方正義内大臣など数名。
 この日までに、牧野は皇太子の同意を得たうえで、さらに松方と2人で大正天皇に上奏している。皇族会議での決定は、天皇と皇太子の内諾を得たうえでのことになる。
 摂政案は、午後の枢密院の臨時会議で正式決定された。
 ところが――。
 摂政案に同意していたはずの天皇は、侍従長が決裁に用いる印籠を皇太子に持っていこうとすると、手渡すのを拒否したというのだ。
 侍従武官・四竃孝輔は『侍従武官日記』で、「詢に恐懼の至りなり」とその衝撃を記している。

2.「天皇にしかわからない感情」

 この度のお気持ち表明後も退位ではなく、摂政では――そんな声が聞かれるなか、近現代の天皇制について振り返った一冊のノンフィクションが注目を浴びている。
 保阪正康『崩御と即位―天皇の家族史』(新潮文庫)。上記のエピソードは同書に拠るが、
 著者は、「そのこと(印籠を手渡すこと――引用者)は単に『拒んだ』という意味ではなく、天皇の地位を奪われる、あるいはこの印籠を手ばなすことはそのまま天皇ではなくなるとの恐怖につながっているのである。それはまさしく天皇にしかわからない感情でもあった」(P35)と評している。
 きわめて印象的な皇位継承をめぐるエピソードである。

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最終更新:10/6(木) 14:41

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