ここから本文です

11年間で22人を殺害した消防隊員・勝田清孝の知られざる素顔【大量殺人事件の系譜】

週刊SPA! 10/6(木) 9:10配信

 女性5人、男性3人の計8人が殺害された異常な連続殺人。犯行が、11年間という長期にわたって継続されていたのも異例だ。しかもその間、凶悪な「殺人鬼」の足取りはまったくつかめていなかった――。同時にこの殺人は、戦後日本の高度成長期を象徴するような事件だった。

◆勝田清孝連続殺人事件(1972~1983年)大量殺人事件の系譜~第10回~

 1983(昭和58)年1月、勝田清孝(当時34歳)は名古屋市内の銀行駐車場で、会社社長を拳銃で脅しカネを奪い取ろうとしたが、逆に、社長に取り押さえられ逮捕された。これをきっかけに、恐るべき凶悪事件の全貌が明らかになっていく。重い口を開いた勝田は、11年前の殺人をはじめ、計8件の殺人を自供する。事態は一気に、前代未聞の連続殺人へと発展した。

 時系列に沿って見ていこう。

 1948(昭和23)年、京都府の農家に生まれた勝田は、高校2年のときひったくりで少年院送りとなり、高校を退学。その後、トラック運転手などを経て、22歳のとき、周囲の反対を押し切って隣町の女性と結婚した。1972(昭和47)年には、地元で消防士として採用される。2年後には副士長に、さらにその2年後に消防士長に昇進するなど、仕事ぶりは真面目で優秀、将来の幹部候補だった。

 安定した生活を手に入れたように見えるが、一方で勝田は、分不相応なところがあった。時あたかも高度成長期。車社会が到来し、世の中の暮らしぶりは便利で贅沢になりつつあった。「消費は美徳」といわれていた時代である。勝田は虚栄心からなのか、豪華なマンションに移り、派手に飲み歩き、カッコよく高級スポーツカーを乗り回す。やがて、愛人もできた。

 借金やツケで首がまわらなくなった勝田が取った手段は、空き巣や車上狙いだった。後に明らかになったところでは、計500件の盗みを働いていたという。やがてそれは、より強引で大胆な手口へとエスカレートしていく。

 最初の殺人は、消防士時代の1972(昭和47)年11月。京都市のアパートで25歳のホステスを強姦し絞殺、1000円を強奪したのだ。以降、消防士をしながら、1977(昭和52)8月までに、若い女性ばかり計5人を殺害し金品を奪っている。自慢の愛車で京都や大阪、神戸、名古屋へと「遠征」し、犯行を重ねていたのだ。その主たる目的は盗みであり、気づかれて騒がれると殺害に至ったという。

 勝田はつまり、「日中は優秀な消防隊員、夜は強盗殺人犯」という2つの顔を持つ男だったのだ。

 1980(昭和55)年11月、大阪で8万円を盗み逮捕される。消防士は懲戒免職になったが、これまでの5件の殺人が明らかになることはなかった。だからなのか、勝田は悪行をやめることができなかった。1982(昭和57)年10月、警官を車で轢き、奪った拳銃でスーパー店長を射殺するなど強盗殺人3件や、10件の強盗を重ね暴走していった。そして、冒頭に記したように、1983(昭和58)年1月、勝田の大量殺人は終焉を迎えるのである。

 勝田の毒牙にかかり命を落としたのは8人。ただしこれは、立件され刑が確定した犯行で、勝田は実際には22人の殺害を自供している。8件以外の残りの14件の殺人は、証拠不十分で迷宮入りしてしまったのである。

 次々と買い換える車、愛人と同棲する優雅な住まい、拳銃を使用した犯行。派手な生活と欲望を充足する手段に過ぎなかったという点で、また、高級車を武器に、高速道路を使って行動範囲を広げ、各地を「転戦」して犯行を重ねたことも含め、戦後日本社会の「飽食化」と「広域化」、そして「虚飾化」を象徴する新しい犯罪だった。

 ところで、勝田は逮捕後なぜ、迷宮入りしつつあった過去の殺人まで自供したのだろうか。当初は頑なだった態度。しかし、現場検証で捜査員がさりげなく握り飯を分けてくれるなど、自分に対する小さな心遣いに接するうち、良心の呵責にさいなまれるようになっていたのだ。勝田は、獄中手記でこう書いている。

<告白しない自分自身に、もはやごまかしが通らなくなっていたのです>

 2000(平成12)年11月、勝田の死刑が執行された。52歳だった。これが20世紀の最後に執行された死刑だった。 <取材・文/青柳雄介>

日刊SPA!

最終更新:10/6(木) 9:10

週刊SPA!

記事提供社からのご案内(外部サイト)

週刊SPA!

扶桑社

2016年12月13日号
12月06日発売

¥390

・[転売で儲ける](秘)メソッド
・[ゲス不倫ブーム]知られざる波紋
・[痛すぎる発言]ランキング
・冬のボーナス[有名企業50社]対決

TEDカンファレンスのプレゼンテーション動画

北朝鮮からの脱出
北朝鮮での幼少時代、『ここは地球上最高の国』と信じていたイ・ヒョンソだったが、90年代の大飢饉に接してその考えに疑問を抱き始める。14歳で脱北、その後中国で素性を隠しながらの生活が始まる。 これは、必死で毎日を生き延びてきた彼女の悲惨な日々とその先に見えた希望の物語。そして、北朝鮮から遠く離れても、なお常に危険に脅かされ続ける同朋達への力強いメッセージが込められている。