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東京五輪ではスケボー界から「お騒がせアスリート」が誕生すると予想。その根拠は?【フモフモ編集長】

週刊SPA! 10/6(木) 16:20配信

~今から始める2020年東京五輪“観戦穴場競技”探訪 第33回~

※前回の話…スポーツ好きブロガーのフモフモ編集長が、東京五輪でチケットが買えそうな穴場競技探訪へと出かけました。今回のテーマは追加競技。追加された5競技18種目の中から野球、ソフトボールなどのメジャー競技はもちろん避けて今回ターゲットにしたのは「ローラースポーツ(スケートボード)」。予想通りの穴場感、さらに東京五輪のスター候補と思しき若手選手がしのぎを削る姿に手応えを感じていたフモフモ編集長だったが……。

⇒【写真】得点のバラツキがひどい採点表

 しかし、僕は試合が進むごとに違和感を覚えていきます。最初は

「中学生も混じってるし、こんなもんなんやろな……」

 と思っていたのですが、全員が予選を終えて1周した段階になっても、いわゆる「完璧」な演技をした選手がひとりもいないのです。さっき「国内最高峰の大会」と聞いたはずなのですが、「美しいスケボー」という会心の演技はまったく見られない。

 転倒する、スケボーがどっかに飛んでいく、勢いが足りなくなったのでスケボーを手で持って斜面の上まで走って再スタートする……などの素人目にも「大過失」と見えるミスをほぼ全選手が犯します。

 内村航平さん基準で「着地で一歩動いてしまった!」までミス扱いとしてカウントすれば、全部の演技が失敗に見えるくらいのアバウトさ。失敗の数ではなく、成功の数を見て評価するということなのでしょうが、あまりにミスが目立つと

「ホントにコレは五輪とつながっとるんやろか……」

 と老婆心ながら不安になってきます。

 また、大会の運営も雰囲気重視で危なっかしい。

 まず公平性の観点で重要であろうと思われる「時計」がありません。持ち時間の判定は流れる音楽と、場内実況の「ここまでー!」の声に委ねられているようです。まぁ時間自体は、フィギュアスケートのように、ある程度演技時間に幅を持たせてもOKなのかもしれませんから、細かいことを気にするのは一旦やめます。

 ただ、「ここまでー!」の声に合わせて最後の技を繰り出す選手が多いところを見ると、実施できる技の回数に制限はないのでしょう。その場合、最後の1秒で大技を入れた場合、「ここまでー!(※最後の大技入らず)」と「ここまでーーーーー!(※最後の大技大成功)」とでは、大きく差が生まれそうです。あまりフェアじゃない感じがします。

 そして、とりわけ驚いたのが、最終的に順位を発表する際に「最後の最後まで議論をした」という苦労話風自慢が運営側から飛び出したこと。どの選手がよりカッコよかったか意見がわかれ、最後まで白熱の議論がつづいたという、「大会のハイレベルな盛り上がり」を語った「褒め言葉」なのでしょう。スケボー界的にはOKなんだと思いますが、五輪で実施する競技として見ている者としては、

「採点で議論なんてあり得るのか!?」

と衝撃を覚えました。

採点には、基準があるのが当然で、その基準はすべてのジャッジが共有している

……というのが、競技スポーツの当然の姿。

 加点の幅や傾向に多少差が出ることはあるにしても、何が得点となり、何が減点となるかは、あらかじめ決まっているのが、当然だと思うのです。競技スポーツならば。しかし、スケボーでは、まるで仮装大賞の優勝か何かを決めるように「審査員が議論している」。本番ではもっと整備されるのかもしれませんが、この感じで国内選考会とかをやって大丈夫なのか。揉めたりしないのか。本番まで残り4年、代表選考まで残り3年あまり、代表選考の基準を決めるまでには残り3年しかない。すごく不安です。

 実際、会場に貼り出された採点表を見ると、「そりゃ議論も必要だな」と思うような得点のバラつき具合。

 とにかくジャッジ間で見ているモノや、カッコよさの基準が全然違うのでしょう。

 50点から80点くらいのスコアが並ぶ中で、同じ演技に対してあるジャッジは56点をつけたかと思えば、別のジャッジは77点をつけていたりする。4人のジャッジが50点台の演技で、ひとりだけ70点台をつけていたりする。ときには、あるジャッジがつけた点に対して、あるジャッジが「倍以上」の点をつけるケースも見られます。

「それぞれが『俺なりのカッコよさ』を基準に採点してるんだ……」

 ジャッジとの相性次第で順位が変わり、ジャッジの好み次第で順位がガラリと変わってしまう。スケボー界の中ではまったく問題ないんだとは思いますが、五輪という舞台に引きずり出されたとき、すごく揉めそうな気がします。

 納得いかない応援団が軽く暴れるんじゃないかと心配になるレベルです。

 少し、早すぎたのかもしれません。僕自身も勉強不足ですが、競技スポーツとしてのスケボーも準備不足なのではないか。そんな心配ばかりが募る観戦でした。ふと思い出すのは、バンクーバー五輪でのスノーボードをめぐる騒動のこと。日本代表として出場した國母和宏さんが「スノボ界ではOK」のカッコよさをそのまま押し進めたところ、世間から服装や態度に対してバッシングを浴びせられるという事例がありました。

 同じように「スケボー界ではOK」と、世間で思っている五輪競技のあるべき姿とには、わりと大きなギャップがありそうです。

 ノーミスが前提にならない戦いや、運営やジャッジの公平性など、競技スポーツとして見るとスケボーはかなり緩い。

「みんなカッコいいね!イェー!」

 という盛り上がりのほうが重要なのであって、順位をつけること自体は二の次というスピリットが全面にあふれています。

 失敗だらけでも、果敢に大技に挑戦するのも、競技スポーツとの根本的な精神性の違いだと思うのです。

 スノボでもそうでしたが、スケボーもアメリカを中心に行なわれる「X GAMES」などの大会のほうが存在感を持っている競技。4年に一度、五輪で人生を懸けた大勝負をする類のものではありません。メダル、メダルと騒ぎ「オリンピックらしさ」を求める世間一般の感覚と、選手たちの「スケボーなりのカッコよさ」を追求する想いは噛み合わないでしょう。

 無理に「オリンピックらしさ」を押しつけても、お互いに不幸になるだけ。

 2020年、スケボー界から誕生するであろう「お騒がせアスリート」を想って、早くも胸が痛みます。

 そしてもうひとつ、揉めそうな豆知識を。冒頭で追加競技の名前を「ローラースポーツ(スケートボード)」と書いたのですが、何故こんな面倒臭い表記をするのかご存じでしょうか?

 実は、五輪入りを目指して活動していたのはローラスケートやインラインスケートなどを中心とする「ローラースポーツ」の組織。ところが、提案側の想いとは裏腹に、ローラースケートは落選し、スケボーだけが採用されてしまったのです。

 日本側で言うと、東京五輪への追加種目となったときに会見を取り仕切ったのは「日本ローラースポーツ連盟(JRSF)」でしたが、実際に日本でスケボーを実質的に統括しているのは「オブザーバーとして参加」していた「日本スケートボード協会(AJSA)」という別組織。活動の主体となったローラースポーツ側にすれば、「ローラースケート2種目とスケボー1種目で提案したつもりが、何でスケボーだけが2種目採用されるねん!」と喜びもチグハグなのではないでしょうか。

 この大会の印象だけで言うのも何ですが、AJSA主導で五輪の運営ができるような気はしません。現在執り行っている大会の規模感や、その仕切り具合から言っても。せめてローラースポーツ界として一丸となりたいところですが、「ひさしを貸して母屋をとられた」状態のJRSFとまとまっていけるのか。チケットや空席の有無を心配している段階ではなく、まず当日ちゃんと運営をするというところに、大きなハードルがあるように思います。

 何と言うか、全体的な印象として「生まれたてのヒヨコ」でも見ているような感じの観戦でした。

 4年に一度の世界一を争う「オリンピックらしさ」は薄いだろうということをご了承いただいたうえで、目新しいモノやアクシデントが見たい人には、オススメかもしれません。

日刊SPA!

最終更新:10/6(木) 16:30

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