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日立のスーパーエンジニア 「社内失業」から起死回生の“逆張り”、AIの第一人者に!

NIKKEI STYLE 10/7(金) 7:47配信

 従事する業務がある日、突然、なくなったら……。日立製作所研究開発グループ技師長の矢野和男氏も、そんな事態に直面したことのある一人だ。半導体事業の打ち切りをきっかけに、当時は全く期待もされていなかったビッグデータの研究や汎用人工知能(AI)の開発にいち早く乗り出し、世界的にも注目される研究成果を出した。そんな日立のスーパーエンジニア、矢野氏の原点を探った。
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 退路を絶たれた人間は、必死になるものです。2003年、事業再編に伴い、それまで20年間も従事してきた半導体の研究をやめざるを得なくなりました。

 積み上げてきた技術や人脈もすべてゼロリセットしなければならなくなり、一時は心の中に、ぽっかりと穴が開いたような気持ちになりました。

 ざっくりとした数字ですが、当時の中央研究所に約1000人の研究者がいたとすれば、その3分の1くらいは何らかの形で半導体の研究に関わっていたと思います。その人たちの一部は新会社に移りましたが、私を含め残りは、新しい仕事を見つけなければいけなくなりました。

 気を取り直し、残った仲間と再出発したことで、あらゆるものがインターネットにつながるIoTやAIの研究にいち早く着手することができた。今となっては、あの時の経営判断ほどありがたかったものはない、と思っています。

■ビッグデータをテーマに選んだのは逆張りだった

 信じられないかもしれませんが、当時、ビッグデータの研究プロジェクトを立ち上げるのは一種の逆張りでした。

 コンピューターやセンサーそのものは他のチームが長年研究をしていました。ならば、自分は違う分野を攻めるしかない。私はもともと理論物理が専門で「多体問題」(互いに相互作用する3体以上からなる系を扱う問題)を扱っていましたから、「個体」よりも、集団としての相互作用に本質があると考えていました。データを使って定量的に人間組織の行動を理解することができたら競合も少ないし、企業内研究所の強みを生かせるとも考えました。

 向かう先が「無人島」だったら困りますけれど、もしかすると、ものすごく大きなビジネスに発展するかもしれない。今は辺境のテーマかもしれませんが、いつか花咲く分野を手がけた方がおもしろい。そう考えたのです。

 紆余曲折(うよきょくせつ)はありましたが、この大量データを活用する研究がのちにAIの研究へと発展していきました。2011年ごろのことです。しかし、当時のAIは主流どころか、口に出すこともはばかられるタブーでした。

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最終更新:10/7(金) 7:47

NIKKEI STYLE

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