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一流のジャーナリストたちが結集。徹底取材でトランプの全てが暴かれる! 『トランプ』 (ワシントン・ポスト取材班、マイケル・クラニッシュ、マーク・フィッシャー 著/野中香方子、池村千秋、鈴木恵、土方奈美、森嶋マリ 訳)

本の話WEB 10/7(金) 12:00配信

 本書は、調査報道の雄としても知られるワシントン・ポスト紙が、3ヶ月にわたって20人以上の記者を投入し、ドナルド・トランプの全人生を暴き出した一冊だ。ここでは、なぜ私たちがこの本を日本で出版するに至ったか、その経緯を紹介したい。

 私たちがこの本と出会ったのは、まだ肌寒い、今年の3月のことだった。新たな本の企画を求めてニューヨークを訪れ、現地の出版社や権利者をまわっていた私たちは、その出張の最終日、ロックフェラーセンター近くの寿司屋にいた。アメリカの大手出版社、サイモン・アンド・シュスターのポール・オハンランとともに昼食をとるためだ。

 日本とアメリカ、それぞれの出版業界の近況について情報交換をしながら、寿司をつまむ。終始和やかな雰囲気で食事を終え、温かいお茶を啜っていると、ポールが何気なく一枚の紙を差し出した。

「ところで、この企画に興味はないか?」。渡されたのは、メールの文面を印刷しただけの素っ気ない紙だった。だが、それに目を通した瞬間、私たちは思わず身を乗り出していた。「ワシントン・ポスト紙が総力を挙げて、トランプの全人生を追う。まだ原稿はないが、既に20人以上の記者で組まれたチームが取材を始めている。その記者のリストがこれだ」。するとポールは、また新たな紙を取り出した。そのリストの中にはある記者の名前があった――ボブ・ウッドワード。1972年、ニクソン大統領を辞任に追い込んだ「ウォーターゲート事件」をスクープした、アメリカを代表する伝説のジャーナリストだ。

 この出張中、ほぼ全てのミーティングで、大統領選にまつわるニュースが話題にあがった。しかし、トランプが共和党の大統領候補に指名され、ヒラリー・クリントンとの一騎打ちに臨んでいる今では想像し難いかもしれないが、3月時点のニューヨークでは、まだ「トランプ現象はいずれ収まるだろう」と見る向きも多かった。「トランプが当選したら、日本に引っ越すわ」と笑いながら冗談を飛ばす人もいたくらいだ。

 実際、予備選の有力候補と見られていたジェブ・ブッシュやマルコ・ルビオは既に撤退を表明していたものの、テッド・クルーズは依然しぶとくトランプに食らいついていた。そして、共和党内では「反トランプ、クルーズ支持」の動きが盛り上がり、着実にトランプ包囲網が築かれようとしていた。そうした動きの中で、「トランプが失速するのも時間の問題」と見る人は、想像以上に多かったのだ。

 だが私たちが、ダウンタウンにオフィスを構える独立系出版社、セブン・ストーリーズ・プレスを訪れたときのこと。ここは、ノーム・チョムスキーの著作を刊行するなど、左派的な政治思想で知られる出版社だ。その創業者であるダン・サイモンに大統領選の話題を振ってみると、「民主党のバーニー・サンダースを支持する」との答えが返ってきた。

 サンダースは、公立大学の無償化や富裕層への課税強化、そして手厚い社会保障政策を掲げて、若者を中心に熱狂的な支持を集めていた。「左」の思想を持つダン・サイモンが、このサンダースを応援しているというのは、予想通りの答えではあった。しかし、彼の話はここで終わらなかった。

「とはいえ、最終的にサンダースはヒラリーに勝てないと思う」

「じゃあ、本選ではヒラリーに投票を?」。すると彼は首を振り、こう答えた。「そうなったら、私はトランプに入れるよ」

 それは、私たちがトランプ旋風の本質に直面した瞬間だった。トランプは、これまでの「左と右」、「民主党と共和党」という政治概念をぶち壊した、全く新しい存在として人々を惹きつけている。彼は一体何者なのか――。

 それを描き出した本を、この出張中に必ず見つけ出そうと、私たちは心に決めた。そうして迎えた最終日、昼時の寿司屋で、まさに求めていた企画と出会ったのだ。

 ポールから一通り説明を受けたあと、「でも、今からこんな大掛かりな取材を始めて、トランプが共和党の候補にならなかったら、ワシントン・ポストはどうするつもりなんだろう?」と尋ねた。すると「もしそうなっても、トランプは必ず第三党をつくって本選に立候補する。だから、トランプ旋風は11月まで確実に続く」との力強い答え。それを聞き、私たちは即日この本を買い付けた。

 そこから刊行までは、時間との闘いだった。まず、冒頭部分の英語原稿が届いたのは6月9日。その後、全ての章が揃った最終英語原稿の到着は、7月28日を待たなければならなかった。翻訳者の方々には、届いた原稿から順に特急で作業を進めていただき、なんとかこのタイトなスケジュールを乗り切ることができた。

 原書は、8月23日にアメリカで発売された。その邦訳を、わずかひと月半後の10月8日に刊行することができたのは、ひとえに翻訳者の方々のこうした尽力のおかげである。

 本書は、ボブ・ウッドワードをはじめとする一流の記者の取材を、これまでに2度ピューリッツァー賞を受賞したシニアエディターのマーク・フィッシャー、そしてボストン・グローブから移籍した調査報道記者マイケル・クラニッシュの2人が鮮やかにまとめあげている。

 彼らを監督したのが、編集局長のマーティン・バロンだ。今年、アカデミー賞作品賞を受賞した『スポットライト 世紀のスクープ』をご覧になった方は、この名前に聞き覚えがあるはずだ。そう、映画の中で取材チームを立ち上げた、髭を生やした新任の編集局長――そのマーティン・バロンもまた、ボストン・グローブからワシントン・ポストへ移籍し、本書ではトランプの全てを暴き出すべく、取材チームを指揮している。

 その内容はまさに圧巻だ。トランプが過去に人種差別事件で司法省から訴追されていたことや、2000年にヒラリーが上院選に出馬した際、資金集めパーティーのホストをトランプが務めていたことなど、知られざる事実が次々と明かされている。

 ちなみに、本書の取材班はトランプ本人にも、延べ20時間以上の直接取材を行っている。そのトランプは、原書が刊行された8月23日、すぐさま自身のツイッターに、本書についてこう書き込んだ。

「Don't buy, boring!(買うな、退屈な本だ!)」

解説:坪井 真ノ介(文藝春秋)

最終更新:10/7(金) 12:00

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