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“性倒錯キャラ”ゴールダストの主張――フミ斎藤のプロレス講座別冊WWEヒストリー第196回(1995年)

週刊SPA! 10/7(金) 9:10配信

 ゴールダストGoldustは、WWEがプロデュースした1990年代を代表する究極の“怪奇派”キャラクターだった。

 1969年、テキサス州オースティン生まれ。本名ダスティン・ラネルズ。父親は1970年代から1990年代前半まで20数年間にわたりつねにアメリカのレスリング・ビジネスのどまんなかを歩きつづけた“アメリカン・ドリーム”ダスティ・ローデス(本名バージル・ラネルズ)。ゴールダストは、父ローデスがキャリア2年のルーキーだったころに生まれた。

 ゴールダストの両親は、ゴールダストが4歳のときに離婚。ゴールダストは高校1年までホームタウンのオースティンで母親といっしょに暮らし、高校2年生の新学期がはじまる3カ月まえの1984年6月、父ダスティと10数年ぶりに同居するためにノースカロライナ州シャーロットに引っ越した。そのころにはハイスクールを卒業したらプロレスラーになることをすでに決めていた。

 夏休みのあいだはNWAジム・クロケット・プロモーションの全米ツアー“グレート・アメリカン・バッシュ”に同行して会場整理のアルバイトをして過ごした。アウトドアのベースボール・スタジアムで試合が開催されることが多かった“バッシュ”ツアーでは選手たちが入場に使うゴルフ・カートを運転した。リック・フレアーをカートに乗せて花道までエスコートしたこともあった。

 シャーロットのハイスクールでは父親が有名なプロレスラーだからという理由でよくケンカに巻き込まれた。偉大なる父と顔がよく似ていることはあるときは長所であり、またあるときは欠点でもあった。学校ではあまり友だちができなかった

 プロレスラーとしてのデビューは1988年8月。フロリダのローカル・ショーで“ビッグ・バッド”ボブ・クックという中年の黒人レスラーと試合をした。フロリダでの“仮免許”期間を終えると父ローデスのブッキングで同年10月、ダスティン・ローデスのリングネームでNWAクロケット・プロと契約。1989年3月にはダスティ・ローデス・ジュニアのリングネームで全日本プロレスの『チャンピオン・カーニバル』に参加したこともあった。

 ダスティン・ローデスがNWAクロケット・プロ―WCWに在籍したのは1988年から1990年までの約2年間で、父ローデスがWCWを退団するとダスティンも同団体を退団。父ローデスがライバル団体WWEに活動の場を求めるとダスティンもいったんはWWEと契約したが、その後、ダスティンだけがWCWに復帰。1991年から1995年3月まで同団体に在籍した。

 いわゆる“親子の断絶”があったのだろう。ダスティンは、ある時期から父親とまったく会話を交わさなくなったという。WWEとの契約はダスティンとビンス・マクマホンの直接のネゴシエーションによって実現した。“性倒錯キャラクター”ゴールダストへの変身とそのディテールづくりもダスティンの主張だった。

 ゴールダストはゴールド・ダストGold Dust=砂金という単語から派生した造語で、そのキャラクターはハリウッド生まれのムービー・フリークという設定。入場シーンではアリーナの天井から金粉が降ってくるという手間のかかる演出が導入された。WWEはゴールダストの売り出しにかなりの予算をかけた。

 得意技のレパートリーには有名なハリウッド映画のタイトルやキーワードが使われた。変形ネックブリーカードロップは“カーテンコール”で、急所蹴りは“シャッタード・ドリームズ”(破れた夢)。“ザ・オスカー”“ショック・トリートメント”(ショック療法)“ディレクターズ・カット”。なんでもない小技にも映画用語が用いられた。

 父ローデスは“アメリカン・ドリーム”のほかに“スターダスト”(星くず=うっとりするような魅力)というもうひとつのニックネームを持っていたが、長男ダスティンのゴールダストというキャラクターはその“スター・ダスト”に対する痛烈な反発でもあったのだろう。

 ゴールダストは“性倒錯キャラクター”であるとともに、じつは偉大すぎる父親からの自立――精神の解放――という普遍的なテーマを内包していたのだった。(つづく)

※この連載は月~金で毎日更新されます

文/斎藤文彦 イラスト/おはつ

※斎藤文彦さんへの質問メールは、こちら(https://nikkan-spa.jp/inquiry)に! 件名に「フミ斎藤のプロレス講座」と書いたうえで、お送りください。

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最終更新:10/7(金) 9:10

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