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「教授、伊藤忠に決まったので単位ください!」 ファミマ沢田社長 奇跡の就職ストーリー

NIKKEI STYLE 10/8(土) 10:30配信

大学4年になり就職活動が始まった。高校時代は先生になろうと思ったが、その考えはいつの間にか雲散霧消していた。

 1980年のことです。NHKで「ザ・商社」という経済ドラマが放送されました。松本清張の原作で、総合商社の安宅産業の経営危機の実話をもとに石油の利権獲得に奔走する商社マン(山崎努)の姿を描いた話題作です。毎回、わくわくしながら見ました。

 しかし、僕はアメリカンフットボール漬けの日々。就職人気ランキング上位に名を連ねる総合商社は無理だろうと諦めながらも会社訪問だけはしました。

 ところが、ある日、伊藤忠商事にいるアメフト部のOBから「伊藤忠に入社する気はないか?」と尋ねられたのです。驚きました。今思えば体育会系の入社枠でもあったのでしょう。OBの力もあって内定を頂きました。

内定はもらったが、卒業が危うい状況だった

 1年生から3年生までギリギリの単位取得で進級していました。もし4年で1つでも単位を落とすと留年という瀬戸際に立たされていました。

 担当教授に「伊藤忠に決まったので、単位を下さい」とお願いに行くと「君の成績で伊藤忠? それは奇跡だ」と驚かれました。教授の知る限りこれまで物理学科から伊藤忠に入社した学生はいなかったそうです。何とか単位を落とさずに卒業をすることができ、ほっとしましたよ。

 「ザ・商社」のモデルとなった安宅産業は77年に伊藤忠が吸収、その影響もあってか、僕たちが入社する数年間は採用を絞り込んでいました。

 反動で81年入社組は久々の大量入社だったようです。

 就職活動時の伊藤忠の本社は日本橋でしたが、翌年の81年に現在の本社のある青山に移りました。ピカピカの新社屋で社会人人生のスタートです。

エネルギーの仕事をしたかった

 やはりザ・商社の影響が大きかったですね。

 ただ、実際に配属されたのは有機化学品に関係する部署です。塗料やウレタンの原料、プラスチック、ベンゼン、ナフサなどを扱う所です。住友化学や三菱化成などの大手化学メーカー相手の取引でした。

 チャーター船の計画、貿易実務、決済など商社の仕事の基礎をたたき込まれました。海外とのやり取りはまだテレックスの時代です。艀(はしけ)に乗って東京湾の沖に停泊しているタンカーに飛び乗って原材料の確認もしました。

 残業していると営業担当の上司に呼び出され取引先を接待し、お客さんをお見送りしたあとに再び会社に戻ることも日常茶飯事。横浜の独身寮には終電で帰り、始発で出社してました。「これが商社の仕事なんだなあ」と充実した新人時代を送っていたのを覚えています。
(仕事人秘録セレクション ファミリーマート社長 沢田貴司氏)

NIKKEI STYLE

最終更新:10/8(土) 10:30

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