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「聞いてないよ!」の連続 同時通訳というお仕事

Book Bang 10/8(土) 8:00配信

 今年5月、現職のアメリカ大統領が初めて広島を訪れ、原爆慰霊碑に献花した。この日のスピーチを同時通訳したのが著者だ(BBCワールドニュース)。謝罪なしのあっさりしたスピーチになるという事前情報があったが、オバマの言葉はこうだった。「71年前、雲一つない晴れ渡った朝に、死が空から降ってきて、世界が一変しました」。予想に反し、詩的で格調高いスピーチが始まったのだ。練りに練った文学的表現を同時通訳するほど難しいことはない。

 同時通訳者の仕事とは、「聞いてないよ!」という焦りとの闘いらしい。袖川裕美『同時通訳はやめられない』は、体験談の面白さで読者をひっぱる。

 会議通訳などは、事前に専門用語を猛勉強して臨むが、その「予習」が空振りに終わることもある。「ゆっくり話して」という要望はたいてい伝わらない。メモをとりたい場面なのに立ったままハンドマイクで手をふさがれる。自分の能力を十分に発揮できる環境を要求すると、「わがまま」と言われてしまう。

 同時通訳者は、そんな苛酷な環境のなかで奮闘している。話者と遠く離れた通訳ブースから、双眼鏡でパワーポイントの画面を注視する者。不明な単語にぶつかると、同時通訳を続けながら手元で辞書を引く者。部外者だから笑える話だが、当事者はみな必死だ。同時通訳者は、この世界を通常どおりに回していくための「縁の下の力持ち」でありつづける。

[レビュアー] 渡邊十絲子(詩人)
※「週刊新潮」2016年9月22日号掲載

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最終更新:10/8(土) 8:00

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