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高卒、シングルマザーだった元ギャル議員・三次ゆりか「偉そうな高学歴オッサンに政治を任せていられない!」

週刊SPA! 10/8(土) 16:20配信

「死ぬときは、元夫の目の前で飛び降りてやる!そう思うくらい、追い詰められていました」

 江東区の美人元ギャル議員として注目を集める三次ゆりか氏。高卒でシングルマザーという、政治家としては異色のバックグラウンドを持つ彼女には、政治家を目指すきっかけにもなった苦い経験がある。

「23歳で長女を出産したあと、産後うつになりました」

 精神的に不安定なまま前夫と離婚。友人や家族すら信じることができず、どんどん孤立していくなかで元夫への恨みを募らせ、自殺まで考える日々だったという。

「預け先がなく働くこともできなくなっていました。あまりにひどい状態が続き、やむを得ず生活保護を申請することにしたんです。でも、そのときに窓口の人から返されたのは、『あなた、いくつ? そんなに若いんなら働けるでしょ』という言葉。当時はお金がなくて食事もろくに取れず、生後二ヶ月の娘に母乳を与えることすら困難だった。それくらい極限なのに、最初から理解する気もなく、あまりに簡単にポイッと切り捨てる態度に『世の中廃れてる!!』と心底ムカつきました」

 その怒りを原動力に起業。孤独になりがちな母親を支援するために交流イベントなどを開催してきたが、どうしても超えられない「民間の壁」があることに気がついた。

「民間の立場で声をかけても、外に出てくれるかは本人の性格や環境次第。そこを乗り越えて“おせっかい”するためには、やはり行政側から働きかける必要があると感じたんです」

 そして、出馬し当選を果たした三次氏だが、そもそもは相当な「政治家嫌い」。

「偉そうなオッサンが嫌いなんです。私の頭の中では政治家=偉そうなオッサンだった。『いきなり難しい言葉を使うけれど、それって誰に向けて話しているの?』って思っていました。そういう難しい言葉が理解できるような頭が良い人は自分で問題を解決できるから、政治の力は必要ない。政治の力を本当に必要にしているのは、知識がないためにどうしていいかわからないまま貧困層に落ちてしまう人達。でも、難しい言葉で話されると、私のように政治家嫌いになってしまい、ますます政治に関心がもてなくなる。だから、彼らに届くような言葉で話して欲しい」

 そう思うのは、自分自身も知識のない人の一人だったから。「昔は性知識にも疎く、避妊についても相手任せだったこともありました」と、自らの経験からも人生を切り開くために大切なのは知識だという三次氏。

「知識があるのとないのでは、全然違います。知ってたら死なない、知らなかったら死ぬ。そういう事柄がたくさんあります」。

 特に大切にしたいのが、子供達の教育。

「貧困家庭でも、ちゃんと教育が受けられるようにしたい。教育環境に恵まれないと、女の子は性産業に、男の子は暴力に走ってしまいやすくなります。最近、世間を騒がせている未成年による暴力事件を見ていると、自分の痛みや相手の痛みを知るために、男子にも女子にも武道に触れる機会があればいいのに、と感じることが多いです」

 そう主張する三次氏は、小学1年生になる自分の娘にも空手を習わせている。

「貧困家庭で育った子どもが、大人になって自分も貧困家庭を築くような負のスパイラルを断ち切ったり、シングルマザーを含めた女性がもっと社会で活躍できるようにするための、インフラづくりがしたいんです」

 議員になってみて感じたのが、女性の登用に対して政治の世界はすごく遅れているということ。女性議員は全体の一割、そのなかで子育て経験者はさらに1割程度である。日本の下院における女性議員比率は、北朝鮮やインドよりも低く191カ国中156位だ(「列国議会同盟」のデータより。2016年1月時点)。

「シングルマザーの議員は私が知るかぎり、たった4人。離婚は4人に1人なのだから、国民におけるシングルマザーの比率はすごく多いはず。シングルマザーの意見を取り入れるためにももっと増えてほしいし、民間企業を経営している自分が、女性登用のスキームを政治に持ち込んで、行政のスピードを上げることができればいいと思っています」

 自分の使命は「女性議員の割合を全体の半分にすること」。そうやって女性の意見が政治に反映されるインフラが整えば、シングルマザーが働きやすい社会が自然と整っていくのではないかと考えている。また、自治体の枠を飛び越えて、新しい政治の流れを作ることにも意欲的だ。

「国政政党などにとらわれず、ママ議員やパパ議員と一緒に地域政党『自由を守る会』を作り上げています。所属する団体関係なしに、ママ議員がつながるプラットフォームが必要なんです」

 こう語る三次氏は同政党の女性局長も務めている。

「やれることは、なんでもやりたい!」という三次氏。それには、高校生の頃にバイク事故で死に掛けたことが、少なからず関係しているかもしれない。

「17歳の夏にバイクで事故に遭い、頭蓋骨を骨折し脳挫傷を負ったんです。バイクに乗っていたはずなのに、気づいたら病院の集中治療室でベッドの上。『ドラマみたいですごい!』と『頭がすごく痛い!』、二つの意識が両立していました」

 今でもふいに「もしかしたら、全部夢なんじゃないか。目が覚めると高校二年生の病院なんじゃないか」と不安になるという。

「でも、死にかけてて、死ななかったし、明日死んでも後悔のないように、『やれることはやろう!』と思っています」

 ただし、ひとつだけ17歳の夏に大きな悔いが残っている。

「夏だったのでめちゃくちゃバイトして、うんと奮発して3万円の水着を買ったんです。当時流行っていたギャル系ブランドのTIARA(ティアラ)で買った豹柄の水着。『この水着で男の子たちと海にたくさん行くぞ!』と意気込んでいたのに、怪我のせいで日焼けも運動も一切ダメ、もちろん海なんてもってのほか。若かったので事の重大さがわからず、ただただ水着が着れなくなったことがショックで、事故に遭って初めてボロボロ泣きました」

 そのときの思い出が、「夏を思いっきり楽しむために、いつか海の家をやりたい」という夢につながっている。悔しさや怒りも、マイナスの感情のままにはせず、前向きな形で実現しようというのが彼女のエネルギーのようだ。

 もう一つ果たしたい野望があるという三次氏。

「実はいつかラーメンを開きたいくらいのラーメン好き。江東区は隠れた名店の宝庫なので、積極的に広報活動をして、東京オリンピックまでに江東区ラーメンを全国区で有名にしたい!」

 そうやって江戸っ子らしい闊達な笑顔を見せてくれた三次氏。ド直球ストレートの言葉が、閉塞する地方自治に風穴を開けるかもしれない。

【三次ゆりか氏】

1985年東京生まれ。23歳で出産。産後うつ、離婚を経て起業し、公私に渡って子育て・母親支援の活動を展開してきた。2015年、江東区の議会議員に初当選。地盤、看板、カバンなし、高卒のシングルマザーでも選挙に勝てることを証明した。地域政党「自由を守る会」女性局長。実は、赤穂浪士の一人で仇討ち急進派の中心人物・奥田孫太夫重盛の子孫

― 閉塞の時代をブチ破れ![ニッポンの論点] ―

日刊SPA!

最終更新:10/8(土) 16:20

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