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「手取り15万円」 地方の市役所職員が、英会話「NOVA」のオーナーになるまで

NIKKEI STYLE 10/9(日) 7:47配信

 英会話教室最大手NOVAが2007年10月に経営破綻してから9年。全国に600校あった教室は現在280校。事業を引き継いだNOVAホールディングス(東京・港)の稲吉正樹社長は「まだ道半ばだが、全国の主要都市は網羅できた」と話す。稲吉社長は市役所職員から起業、数々のM&A(合併・買収)で教育・外食の一大フランチャイズチェーン(FC)を築き上げたものの、NOVA取得後には一旦、会社を売却するという苦汁も味わった。一敗地にまみれながらも復活を遂げた稲吉社長にその軌跡を聞いた。
◇   ◇   ◇
 もともとは公務員でした。大学を卒業して地元、愛知県蒲郡市の市役所で3年間、勤めた後、学習塾を立ち上げました。1994年のことですから、22年前になります。
 起業した理由は2つあります。まず1つ目は「自分にはもっと何かできることがあるのではないか」という思いです。公務員になったのは、そば店を営む親から「市役所の採用試験があるから受けてみてごらん」と勧められたのがきっかけです。運良く合格し、流されるように公務員になったというのが正直なところです。
 そんな多少のもやもやを抱えながら、よく思い出したのが、小中学校の5年間、通っていた個人塾の先生のことです。
 6畳ひと間の自宅で営んでいた小さな塾でした。生徒があまり多くなかったので「私が辞めたら先生が困るのではないか」と思い、通い続けていましたが、失礼ながら「先生、なんだか生活が大変そう」と子供ながらに思っていました。
 私が大学生のころです。そんな先生がある日、テレビに出演して取材に答える姿を見て驚きました。直木賞を受賞したというのです。先生のお名前は宮城谷昌光さん。古代中国を舞台にした作品を多く執筆されている小説家です。すごい衝撃でした。自分のやりたいことをやって結果を出す。「めちゃくちゃかっこいい人生だな」と思いました。
 2つの目の理由は収入です。大学生時代、家庭教師をやっていました。30人ほどの生徒を持ってたので当時の月収30万円ほど。それが公務員になったら手取りで15万円です。「自分は幸せなのだろうか」と迷うこともありました。「それならいっそ、家庭教師の経験をもとに塾ならできるのではないか」と起業を決意したのです。
 「宮城谷先生と同じような状況に身を置いてみるというのもちょっとおもしろいかな」とも思いました。周りから「いいところに勤めているね」といわれることよりも、「貧乏でもいいから自由でいたい」という思いが強かったのです。
 こうして学習塾「がんばる学園」を25歳のときに一人で立ち上げました。
 はじめは生徒も集まりませんでした。教室は本当に手作りで、6畳ほどの古めかしい事務所を借りて、自分でペンキを塗ったりしました。今思えばそんな手作りの教室に生徒が集まるはずもなかったのですが、「知名度がないからだ」と思い違いをし、3、4カ月後に2校目、それでも生徒が集まらないので、さらにもう1校と1年で3校にしました。それでも生徒はほとんど入らず、いよいよ生活が厳しくなりました。「中途半端にやっているから、うまくいかないのだ」と思い至り、今度はちゃんとした教室をつくりたいと考えるようになりました。
 両親の反対を振り切って市役所を辞めたので、半ば勘当状態でした。何ら支援もなく、資金もありません。そこで国民金融公庫に相談に行くと、「まずは不動産を借りなければ話にならない」と言われました。世間知らずの私は、借りれば資金を貸してくれると思い込み、残っていた全財産を投じて物件を借り、再度融資を申請しました。すると今度は「若いので父親の保証が必要だ。承諾をとってくれ」と言われました。父に電話で頼み込み、理解が得られたと思って改めて融資の面接に向かい、保証人確認の電話をかけると、父は公庫の担当者に「商売をやめるように言ってくれ」と。当然、融資は受けられませんでした。
 すでに契約していた物件の大家さんのところへ解約に行ったところ、保証金など数十万円を返してくれたうえ、「これで看板や机を買って、ここでやってごらん」といってくださいました。おかげで開業することができ、なんと1カ月で100人の生徒を集めることができました。
 短期間で多くの生徒が集まったため、社会人アルバイトの先生4人が「FCでやらせてくれ」と言い出しました。断る理由もなかったので「どうぞ」と。すると、その人たちがどんどん校舎を増やしていってくれたのです。加盟金で直営校舎も増やすことができて、あれよあれよという間に200校になりました。
 塾は人が資本の仕事なので、毎晩のように食事に行ったり、飲みに行ったりしていました。そのお金がもったいないと思っていたところ、ちょうどいい居酒屋の出物があったので、これを店舗ごと引き受け、外食業を手がけるようになりました。幸いその店が繁盛しまして、FCの人たちを連れて行くと「自分にもやらせてほしい」と。こうして外食事業もFCで拡大していきました。
 外食の店舗も増えてきたころ、銀行経由で「後継者のいない居酒屋チェーンを引き継がないか」と打診がありました。これを買い取ったのがM&Aの最初です。2004年のことです。
 それが非常にうまくいったので、いろいろな所からM&Aの声がかかるようになりました。結局、上場企業7社を含めて30社ほどを買収しました。買収資金なんてないので、非常に安い金額で承継する代わりに、有利子負債も引き継ぐという手法で、M&Aを繰り返しました。
 M&Aが成功した理由のひとつはFC化にあります。私たちのビジネスはFCをコアにしています。FC加盟企業は自分の地域にいろいろな事業を展開することでドミナント(競争優位)化して商売をしています。そのころには、もともとの塾の加盟企業の皆さんが、そうした複数のFCを同時運営する「メガフランチャイジー」に成長していました。このため、M&Aで新しい事業が加わってくると、その地域の店舗を全部引き受けてやってもらえるようになっていたのです。
 ピーク時は英会話教室と塾を含めた教育事業で約800校舎、外食でも約800店舗をグループで抱えるようになりました。
 M&A案件は私自身が陣頭指揮を執ることで、新しく仲間となる買収側企業を尊重し、早々にグループ企業として役割を果たしてもらえるよう相互理解を深めることに注力しました。
 一方、教育事業では、塾が全国に増えていくなか、新たな展開が課題となっていました。「次の教育ビジネスは何か」と考えたときに、思い当たったのが英会話でした。英会話教室がグループに入れば、全国の塾の加盟企業が取り組んでくれるのではないかと、そんな考えもありました。
 そこで2006年に、「EC英会話」という北海道で圧倒的なシェアを持つチェーンをM&Aしました。全国展開していきたいと考え、関東や名古屋などに試験的に教室を開いてみましたが、生徒が集まりません。英会話はブランド力やスケールが必要だということを思い知らされました。
 NOVAの経営破綻をニュースで知ったのはそんなとき、07年10月のことでした。
 新聞記事で確認した保全管理人に連絡を取ったところ、翌日に会ってもらえることになりました。その夜一晩で、慣れないパワーポイントを使って自分なりにプランを一人でまとめました。翌日午前中に説明にうかがったところ、「これはいいね」ということになり、正味3日ほどで、ほぼ内定をいただくことができました。
 その半年ほど前、旧NOVAのオーナーと業務提携を話していました。しかし、すでに旧NOVAの経営状況は悪く諦めました。ただ、その時に会社の内容を精査していましたので、破綻と聞き「であれば可能性があるのでは」と考えたのです。
 金額は申し上げられませんが、事業譲渡としてはそれほど大きな案件ではありませんでした。譲渡条件として出されたのは2点でした。受講生に未受講の授業が残り債権となっていましたので、その範囲でレッスン料金を割り引いて提供すること。従業員をできるだけ再雇用すること。
 割引レッスンについては、授業料の75%割引を提案しました。25%の根拠はそれが原価だと考えたからです。
 原価を負担してもらえれば、未受講債権は徐々に正常化されて、受講者の一定数は通常の受講生になっていただけるのではないかと考えました。これにより、多くの受講生の実損は無くなったのではないかと思っています。
 NOVAの事業譲渡にあたっては、当時の600校すべてを閉鎖した状態で引き継ぎました。教室を借りていた家主と交渉を進め、少しずつ再開していきました。
 事業自体は半年でキャッシュフローは黒字になったので大変なことはありませんでした。しかし、翌08年9月、リーマン・ショックが起きます。これが結果として大きな要因となり、私は会社を売却することになります。
稲吉正樹氏(いなよし・まさき)1969年生まれ、愛知県蒲郡市出身。92年愛知学院大学文学部卒、蒲郡市役所入庁。1994年退職、がんばる学園(現ジー・コミュニケーション)を創業、2007年NOVAを事業取得。09年ジー・コミュニケーションを売却、いなよしキャピタルパートナーズ(現NOVAホールディングス)を設立、10年NOVAを含む教育事業を買い戻す。現在グループ企業は海外子会社9社を含め17社。趣味はダイビング。
(平片均也)
「トップは逆境を超えて」は随時掲載です。

最終更新:10/9(日) 7:47

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