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ケビン・ガーネットはなぜ「ひっそりと引退表明」せざるを得なかったのか

webスポルティーバ 10/9(日) 7:50配信

 NBAのトレーニングキャンプ開始を数日後に控えた9月23日、ケビン・ガーネットが1本の動画をインスタグラムに投稿した。

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 出だしは真っ暗な画面で、ケビン・ガーネットの「ただ、ただ感謝の気持ちだ」という声が聞こえる。間もなくフードをかぶった私服姿のガーネットが、ひとりで誰もいないターゲット・センター(ミネソタ・ティンバーウルブズの本拠地)のコートを訪れる様子が映される。ゴール下でリングを見上げ、ゆっくりとコートを後にする。

「みんなに、みんなの愛情に感謝している。みんなが自分のことをこんなに愛してくれるとは思ってもいなかった。それが現実になったことは、特別なことだった。

 俺たちは大丈夫だ。簡単だとは思わないが、今のところうまくいっている。この先を楽しみにしていてくれ」

 映像は、ユニフォームを着たガーネットの後ろ姿に変わり、『Farewell(さようなら)』、そして『Thank you for the journey(旅に付き合ってくれてありがとう)』の文字──。

 これが、ガーネットの引退声明だった。記者会見もなく、取材を受けることもなく、インスタグラムに投稿された短い動画のなかでも、一度も『引退』という言葉を使うことなく、現役引退を発表した。

 本人が語らないので想像するしかないのだが、ガーネットの最後はほろ苦いものだったのではないだろうか。NBAで21年というキャリアは、長さも、その中身も十分にすばらしいものだった。

 1995年、20年ぶりに高校卒業と同時にNBA入りした選手となり、その後、多くの高卒選手たちがNBAを目指すきっかけを作った。長身ながら、ゴール下よりも外でプレーするタイプの選手の先駆けでもあった。1回ではあるが、NBA優勝も成し遂げ、リーグMVPに選ばれたこともあった。

 それだけの実績がありながら、現役の終わりがほろ苦いのは、一度は修復できたかのように見えたミネソタ・ティンバーウルブズとのつながりが、ふたたび絡み合い、切れてしまったかのようにも見えるからだ。

 人一倍、忠誠心が強いガーネットは、1995年にドラフト指名されて以来所属していたティンバーウルブズでキャリアを終えたいと思っていた。しかし、2007年にオーナーのグレン・テイラーから高額の契約延長を拒否され、その結果としてボストン・セルティックスに移籍することになり、そのことに傷つき、裏切られたような気持ちになっていた。

 その両者の関係を修復し、ガーネットにふたたびティンバーウルブズに戻るように説得し、2015年2月にガーネット獲得のトレードをまとめたのが、当時ティンバーウルブズのバスケットボール部門運営責任者兼ヘッドコーチで、ガーネットにとって信頼できる友人でもあったフリップ・サンダースだった。

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最終更新:10/9(日) 7:50

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