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関西の通勤電車は、どうして軒並み速いのか

東洋経済オンライン 10/9(日) 6:00配信

 今では地域によって異なる設計の電車が増えたが、かつての国鉄は1987年の分割民営化まで、通勤電車に関してはほぼ関東地区と同様の国電(国鉄電車)を共通で使用していた。

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 だが、並行する私鉄との激しい乗客獲得からか、あるいは電車へのこだわりからか、京阪神、名古屋では国鉄時代から独自の電車を導入してきた経緯がある。特に京阪神間では、私鉄とのスピード競争のためにその時代において画期的な電車を常に投入してきた。その姿勢はJRの今も変わっていない。

■最先端の流線型車体で登場

 京阪神間の高速列車による輸送は戦前からスタートした。1936(昭和11)年、当時世界的流行だったスタイルを取り入れた独特の美しい流線形でさっそうとデビューしたのが、「流電」と呼ばれたモハ52形電車である。京阪神専用の急電(急行電車)に使用することを主に製造された本格的高速電車で、1948年には高速度試験で最高速度119km/hを記録している。

 京阪神間の運転から退いた後は阪和線などで使用されたが、1958年には飯田線に転属となり、その後は長く同線で活躍を続けた。1983年8月には最後まで残った車両も廃車され、現在も一部が静態保存されている。この電車は、京阪神で現在活躍中の「新快速」電車の先駆けとなった電車といえよう。

「新快速」で私鉄に対抗

 京阪神地区は並行する私鉄各社との間で熱烈な速度競争、サービス向上を図ってきた。その中で国鉄が1970年10月、京阪神地区に投入したのが「新快速」と呼ばれる特別料金不要の高速運転列車だった。この新快速は当初、近郊形電車の113系で運転を開始したが、すぐに急行用電車の153系に置き換え私鉄に対抗するサービスを提供した。

 1979年には、その153系に代わる新快速用電車が登場した。これが名車といわれた117系で、関西地区の地域限定の電車として当時の国鉄が投入した特別仕様の高速電車だった。車内設備は並行する私鉄特急にも劣らない転換クロスシートを備え、営業最高速度は115km/hと俊足を誇り、当時のL特急「雷鳥」の京都―新大阪間の表定速度を上回る速さだった。

 個人的には117系が新快速として走っていた時代、京都―大阪間で特急「雷鳥」と並走、デッドヒートをくり返し、ボンネット形先頭車の「雷鳥」をスーッと追い越していったのが今も印象に残る。

■JRが生んだ新快速の名車

 JR西日本の発足後、1989年に同社が新快速用として新たに開発した電車が221系だ。モダンな前頭部の形状が営業最高速度120km/hのスピード感を表しており、1990年には第30回ローレル賞を受賞するなど、新快速電車のシリーズ中でもエポックメイキングな電車だ。筆者は個人的にはこの電車が好きである。関西風の垢抜けしたデザインとモダンさで、神戸市内を走っている姿はこの電車が最も映える風景である。

 現在の新快速電車の主力はステンレス車体の223系・225系である。最長で敦賀(福井県)―播州赤穂(兵庫県)間をロングラン運転するほか、北陸本線の各駅停車、一部ローカル線の電化区間まで運用され、JR西日本の電化エリアをネットする汎用性の高い電車といえよう。

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最終更新:10/9(日) 7:35

東洋経済オンライン

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