ここから本文です

日銀緩和の歴史をひもとく レベル6で金利回帰、下げ余地狭く円高も?

NIKKEI STYLE 10/10(月) 7:47配信

 デフレ退治に向けた日銀の金融緩和策が、また新段階に入った。新たに長期金利誘導を手掛けるもので、1999年のゼロ金利政策から数えると「レベル6」。長年の様々な試行錯誤の末に、結局主な政策手段が「量」から「金利」に回帰した。ただ日銀が言う通り利下げの「深掘り」ができるかは不透明。「浅掘り」にとどまるなら円高防止効果も限られるかもしれない。
 9月21日に導入を決めた新政策は「長短金利操作付き量的・質的金融緩和」。主に4つの手段からなる。
 (1)10年物国債利回りを誘導する長期金利操作(当初の誘導水準はゼロ%程度)(2)日銀当座預金の一部金利をマイナス化する短期金利操作(同マイナス0.1%)(3)長期国債購入などで資金供給量(マネタリーベース)を拡大する量的緩和(4)上場投資信託(ETF)などリスク性資産を買う質的緩和――である。
 新たに加わったのは(1)で、(2)~(4)の政策手段自体は従来の政策「マイナス金利付き量的・質的緩和」にあったものだ。ただ(3)に関連して、物価上昇率が安定的に2%を超えるまで続ける新方針を示す一方、資金供給量拡大の明確な目標数値はなくした。重要なのは追加緩和手段の優先順位も変わる点だ。
 これまで(3)や(4)の存在感が大きかったが、今後は(1)と(2)が中心。「量」から「金利」への主役交代であり、「金利」への回帰でもある。伝統的な金融政策は金利を上げ下げするものだったからだ。
 日銀が「金利」から離れ始めたのは、日本がデフレに突入した1998年度だ。きっかけは99年2月に短期金利を「ゼロ」にするゼロ金利政策導入を迫られたこと。当時短期金利はゼロ未満に下げられないとされていた。長期金利はプラスで下げ余地があったが、巨額の国債発行残高などを考えれば、できることは低下圧力を加えることくらいで、特定水準への誘導は不可能とされた。
 そこで「金利」以外の手段を駆使し、経済刺激効果を出そうと試みたのだ。その苦闘の歴史を振り返ってみよう(図A)。

1/3ページ

最終更新:10/10(月) 7:47

NIKKEI STYLE

記事提供社からのご案内(外部サイト)

ライフスタイルに知的な刺激を。
生活情報から仕事、家計管理まで幅広く掲載
トレンド情報や役立つノウハウも提供します
幅広い読者の知的関心にこたえます。

Yahoo!ニュースからのお知らせ

TEDカンファレンスのプレゼンテーション動画

北朝鮮からの脱出
北朝鮮での幼少時代、『ここは地球上最高の国』と信じていたイ・ヒョンソだったが、90年代の大飢饉に接してその考えに疑問を抱き始める。14歳で脱北、その後中国で素性を隠しながらの生活が始まる。 これは、必死で毎日を生き延びてきた彼女の悲惨な日々とその先に見えた希望の物語。そして、北朝鮮から遠く離れても、なお常に危険に脅かされ続ける同朋達への力強いメッセージが込められている。