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“永遠に続く杜”造りの物語 『落陽』 (朝井まかて 著)

本の話WEB 10/10(月) 12:00配信

 皇居から西に6キロ、代々木の地に鎮座する明治神宮は、明治天皇と昭憲皇太后を祀るため、約100年前に建立された。その神宮林は70ヘクタール以上の広さを誇る。しかし、そもそも原生林があったわけではなく、荒れ地から人工的に作られた森だ。その神宮林造営計画に携わった人々を描いたのが朝井まかてさんの『落陽』だ。

「植物好きなので、神宮林が人工の森であることや、現代の東京の生態系における重要性は知っていました。ただ、造営プロジェクトについては専門書もあるので、小説にしかできないアプローチをしたかった。ということは幕末から明治にかけての政治、社会についても思考することになる。そこでプロジェクト内の人物ではなく、傍観者として新聞記者を視点人物に据えました。当時の記者は醜聞で強請(ゆすり)を行なう羽織ゴロから公平無私なジャーナリストまで玉石混交で、面白いんですよ」

 主人公の亮一は、大新聞から大衆紙の東都タイムスに流れ着いたゴロ記者だ。同僚の響子に押し切られ、神宮造営計画の取材を始めることに。明治天皇は御重体の一報からほどなく崩御、世間は一様に慎みの内にあった。宮城前で額ずく国民や、近代主義を批判していた夏目漱石の奉悼文を見た亮一は、天皇がなぜこれほど国民の尊崇を集めるのか疑問に思う。

「私自身その答えを持っておらず、亮一と一緒にわからない! と唸りながら執筆していました。ただ、初めにこの題材を書くと決めたときに、明治天皇に迫らざるを得ないという直感はありました。私にはとても高いハードルで覚悟が必要でしたが、覚悟以上でした」

 帝国大学農科大学の本郷講師や大学院生の上原は関東の風土で永遠に続く杜を作るため、針葉樹と常緑広葉樹の混合林をグランド・デザインとする。大隈首相の反対を説得しながら計画を遂行する、研究者や技術者の明治人としての生き様も今作の魅力だ。亮一は彼らとの交流や皇室に近いある人物への取材を通して、天皇の存在について一つの考えにたどり着く。

「小説は大正半ばで終わりますが、その後、日本は戦争に向けてより深刻な時代に突入していきます。ただ、幕末から明治を生き抜いた人々は、長く壮大なプロジェクトを後世に託しました。これは日本人を信じていなければできないことです。そして最後まで書き終えたとき、私も日本を信じているのだと思いました」

 神宮林の完成には150年かかり、今も日々営みを続けている。その様子はまるで、作家としての進化を続ける筆者の姿のようでもある。

朝井まかて(あさいまかて)

1959年大阪府生まれ。2008年小説現代長編新人賞奨励賞を受賞してデビュー。14年『恋歌』で第150回直木賞受賞。近著に『眩』『残り者』など。

聞き手:「オール讀物」編集部

最終更新:10/10(月) 12:00

本の話WEB