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実は帰国子女や英語教師でさえ「英語」が出来ていない --- 神谷 匠蔵

アゴラ 10/10(月) 16:16配信

前回(http://agora-web.jp/archives/2021775.html)にひきつづき今回も「日本人の英語」問題を論じるが、今度は英語を「学ぶ側」ではなく「教える側」、および日本人でありながら「英語が出来る人」の英語力について論じる。

「英語の先生」の実力は?

前回指摘した通り、学習者側の英語力(読解力)は上位層(東大生平均)でもCEFRの基準でB1程度である。これは文部科学省の英語教育到達目標(英検二級程度)と一致しており、従って文部科学省が到達目標を高めれば学習者側の英語力は向上するのではないかというのが前回の主旨であった。

では、「教える側」の英語力はどうなのか。実は、「英検準一級以上」というのは現在「学ぶ側」ではなく「教える側」の到達目標として指定されている。ところが、現実には英検準一級(B2相当)以上の英語力を資格等で証明できている者が高校教員でも55.4%しかいない。そもそも準一級程度では英語圏に学部留学できるレベルに達しているとは必ずしも言えないので、これで十分というわけでもないのだが、それでも生徒をせめてB1レベルまで育てるには教える側にB2は最低でもほしい。

もし45.6%の高校教員がB2にさえ到達しておらず、優秀な学生なら高校三年時には到達できるB1程度に自分も留まっているのだとすれば、学校間において尋常ではない英語教育の質的格差が存在すると言わざるをえないのだろう。これが事実なら、もはや教員採用試験のあり方を根本的に見直すべきではないか。

英語上級者(帰国子女を含む)の実力は?

他方、B2以上の実力を持つ、日本国内の英語上位層のレベルというのはどの程度のものなのか。

これに関しては、2015年度のIELTSの試験結果統計が参考になるだろう。IELTSとは英国政府の下部組織(British Council)などが共同運営する、主にイギリスや英連邦に属する国への移住及び留学の際に利用される英国の英語資格試験である。この試験は受験料が比較的高額なこともあり、日本国内でもTOEFLやTOEICほど認知されているわけではないが、それでも敢えてこの試験をわざわざ受ける人というのは、そうする必要がある、すなわち英国(あるいはオーストラリア等)に留学・移住する予定のある人に概ね限られる。つまりIELTS受験者はある程度英語に自信のある、国内の英語上位層が大部分を占めると予想できるからだ。

IELTSでは0.5ポイント刻みで最低1.0から最高9.0まであり、B2は5.5-6.0、ボーダーラインの6.5を挟んでC1は7.0-7.5、再びボーダーラインの8.0を挟んで8.5-9.0でC2、という具合に小刻みにレベル分けされている。

ちなみに2015年度における日本語母語話者の平均総合スコア(https://www.ielts.org/teaching-and-research/test-taker-performance)は5.8なので、IELTSの平均的受験者は安定したB2相当の英語力を持つ、つまり国内基準に照らせば「英語教師」に求められるレベルに達した、英語力上位層と言って差し支えない実力者であることはこのデータからも裏付けられる。

だが、その「上位層」にあたるIELTS受験者のうち、C1レベルに相当する7.0は僅か7%、7.5は3%、8.0は1%であり、それ以上は0%、つまりほぼ皆無という結果(https://www.ielts.org/teaching-and-research/demographic-data)が出ている。すなわち、日本人のうちで最も英語が出来る人でさえ、最高でもC1-C2のボーダーラインに滑り込める程度に留まっているということだ。それはつまり、安定したC2以上の実力を持つ日本人は、統計的には存在しないに等しいということである。尤も、韓国や中国などの他の東アジア諸国も同様の事情を抱えているが、7.0以上の比率は日本11%、中国14%、韓国17%と、東アジア中で日本が最低であり、日本語話者層より7.0以上比率が低いのはアラビア語話者層などごく少数しかいない。

逆に例えばドイツなどは8.0以上のスコアが合計34%にものぼり、「英語嫌い」で知られるフランスや「怠け者」扱いされがちなイタリアでさえそれぞれ12%、9%となっている。7.0以上であればフランス50%、イタリア46%と、ロマンス語圏でさえ上位層の半数近くはC1以上の英語力を持っている。しかも、英国が地理的に近いことからIELTS受験者は欧州においては日中韓より比較的多いにも関わらず、である。

ドイツに関してはC1(7.0)以上が78%という驚異的数字を叩き出しているが、これこそあの「ジンギスカン(Dschinghis Khan)(https://www.youtube.com/watch?v=GNCV8s03pOc)」をして早くも80年代に”…und wir singen Deutsch auf ween man in Duestchland heute lieber Englisch versteht”(そして我々は、今日のドイツではドイツ語よりも英語の方がよりよく理解されているにも関わらずドイツ語で歌うのだ)と言わしめた、否歌わしめたドイツ人の英語力の高さの証左である。

無論日本人全体にそこまでのレベルを求めることは筋違いだろうが、日本人でありながらC1以上のスコアを出せる時点でそのほとんどは帰国子女か長期留学経験者だろう。その点を考慮すれば、例え既にC1相当の実力があっても、日本人(の帰国子女)はそれ以上頑張ろうとは考えない傾向にあるのではないかという疑念が生じる。

というのも、確かに日本ではどのような場面においてもC1以上を要求されることはほとんど皆無に等しいので、C1に達したらそれ以上は英語力向上のために時間を割かないというのはそれなりに合理的な選択だからだ。

従って既に日本に帰国しており、これからも日本に住み続けるつもりの帰国子女なども多くの場合C1に達したらそれ以上努力する必要は滅多に生じないし、周りからも「もう英語はいいから他のスキルをつけろ」と言われがちであろうことは想像に難くない。

ところが、外国人とまともに議論して相手を論破しこちらの主張を押し通すほどのことをやってのけるには、最低でもC1-C2(IELTS 8.0)程度は必要である。とすると、「日本人は英語が下手」と言われてしまうのは、全体のレベルが低いからというだけでなく、上位層のレベルが他国の英語上位層に比べると見劣りするから、という原因も考えられはしないだろうか。

東アジアの外では、どこの国であろうと「エリート」はC2程度の英語力を持っている。にも関わらず日本で「英語堪能」と持て囃されている帰国子女等のレベルがC1程度に留まっていれば、海外の「グローバルエリート」に「日本人の中にはこれ以上英語の出来る人はいないのか?」と思わせてしまうだろう。その結果「日本語母語話者には習得できる英語レベルに限界がある」というような「不可能説」までが生じてしまうのであれば、日本の英語教育政策は完全に失敗していると言わざるをえない。

まとめよう。「日本人の英語」が笑われるのは、99.8%の日本人がほとんど英語を話せないこと以上に、残り0.2%の「英語が出来る人」のレベルでさえC1止まりであるせいだ。また、稀にC2以上の高度な英語力を持つ人がいたとしても、その高い能力が活かせる場が少ないので海外に流出しやすい。高度な英語力を持つ日本人を養成し活用する社会的インフラが絶対的に欠落しているのである。

その上で、日本の英語教育は具体的にどうあるべきか、いやそもそも日本人に英語は必要なのかという文化的問題等については次回以降論じていく。

神谷 匠蔵

最終更新:10/10(月) 16:16

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