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ピーター・バラカンが語るブリティッシュ・インヴェイジョン:「後のロックの種が大量に撒かれた時代です」

ローリングストーン日本版 10/10(月) 10:00配信

ビートルズに始まった1960年代のブリティッシュ・インヴェイジョンは、黄色い声援に支えられた単なる現象では終わらない。それは後の音楽に多大な影響をあたえることになる。

ブリティッシュ・インヴェイジョン:ビートルズから始まった英国ミュージシャンのアメリカ制覇

英語圏の曲が国境を超えてヒットするのは当たり前と思われ方もいるかもしれないが、いつの時代も、どの国でもチャートの上位を占めるのは自国のアーティストだ。それだけに、大国アメリカのチャートをイギリス勢が独占した1960年代のブリティッシュ・インヴェイジョンはインパクトが大きかった。英国ポピュラー・ミュージックの最良の時期の音楽をアメリカに伝え、さらには世界に発信した一大ムーヴメント。その本質はいったい何だったのか?それは何を残したのか?当時のイギリスで十代を過ごし、リアルタイムでスウィンギング・ロンドンの波を浴びた音楽評論家のピーター・バラカン氏に話を聞いた。

―ブリティッシュ・インヴェイジョンという動きを、当時のバラカンさんは把握していましたか?

言葉は知っていましたが、アメリカの現象ですから、イギリスにいる僕らには実感がなかったですね。なので、どういうバンドが含まれるのかは、今号掲載の記事を読んで"そうなのか!"と思った部分も多かったです。例えば、デイヴ・クラーク・ファイヴがブリティッシュ・インヴェイジョンを象徴するようなバンドだったというのは驚きでした。イギリスではアメリカに比べてヒット曲が少なかったし、個人的にも彼らの曲をかっこいいと思ったことがないので意外だった。ハーマンズ・ハーミッツやフレディ&ザ・ドリーマーズ等がイギリスでヒットを飛ばしていたのは覚えているけれど、彼らも同様ですね。

―始まりはビートルズだったわけですが、彼らの米国席巻のニュースはイギリスにも伝えられていたんですよね?

はい。ビートルズがアメリカの小さなレーベルからレコードを出したことは雑誌の記事で読んだ覚えがあります。『抱きしめたい』がアメリカで大ヒットしたというニュースも伝わってきました。数カ月後に『キャント・バイ・ミー・ラヴ』がアメリカで1位になった週に、チャートの1位から5位までをビートルズのシングルが独占したという話も覚えていますよ。

―それはイギリス人として誇らしいものだったのでしょうか?

いいえ。当時のイギリスには魅力的な音楽があふれていたし、自分も中学生くらいだったから、とにかく音楽そのものに夢中になっていました。異国の活況よりも自国の状況が面白かったので、そういうナショナリズムに浸るヒマはなかったですね。

―ビートルマニアをリアルタイムで経験されたバラカンさんにとって、ビートルズが特別だったのはどんな点ですか?

それまでイギリスで人気のあるシンガーと言えばクリフ・リチャードになりますがアイドル的で、アメリカのロックンロールを水で薄めたような印象でした。それに比べるとビートルズは、本物の匂いがしたんですよ。当時は11歳だったので理屈で考えているわけではないですが、『プリーズ・プリーズ・ミー』のような一見、他愛のないポップ・ソングにも本物のロックンロールの雰囲気を感じましたね。

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最終更新:10/10(月) 10:00

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