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“月曜RAW”が番組内容を大幅リニューアル――フミ斎藤のプロレス講座別冊WWEヒストリー第197回(1995年編)

週刊SPA! 10/10(月) 9:10配信

 純日本的な表現でいうならば“鶴のひと声”。カタカナ語の企業ランゲージでいえばいわゆるトップダウンということになるのだろう。

 ライバル団体WCW(ワールド・チャンピオンシップ・レスリング=親会社はテッド・ターナー・エンターテインメント社)の全米生中継番組“マンデー・ナイトロ”の第1回放映分がオンエアされた翌朝、ビンス・マクマホンは“マンデーナイト・ロウ”の番組内容の大幅リニューアルを決断した。

 WWEの毎週月曜夜のプライムタイム番組のタイトルが“マンデーナイト・ロウMonday Night Raw”で、WCWの新番組が“マンデー・ナイトロMonday Nitro”。番組名そのものがひじょうにまぎらわしいだけでなく、夜8時から10時までの2時間ワクという放映時間も完全にバッティングしていた。エリック・ビショフ執行副社長を現場リーダーとするWCWが“戦争”を仕掛けてきたことは明らかだった。

 “ロウ”(USAネットワーク)も“ナイトロ”(TNT=ターナー・ネットワーク・テレビジョン)もケーブルTVがオンエアするレギュラー・プログラミングで、初回放映からリピート分まで同じ内容の番組が1週間のうちに全3回オンエアされる。ビンスはそれまでWCWを――テレビ市場においては――アトランタの南部ローカルというふうにとらえていたが、ハルク・ホーガンやランディ・サベージがレギュラー出演する2時間番組が週に3回リピートされるという状況はやはり脅威だった。

 ビンスは“ロウ”対“ナイトロ”の月曜TVウォーズがスタートを切ってから3日後の1995年9月7日、WWEスーパースターズをコネティカット州スタンフォードのタイタンタワー(WWE本社ビル)に招集して“ロウ”の新しい番組オープニング映像を制作した。1分30秒の画づくりに約12時間の撮影時間が費やされた。

 この日、タイタンタワーに集まった顔ぶれはWWE世界ヘビー級王者ディーゼル(ケビン・ナッシュ)、“ヒットマン”ブレット・ハート、ショーン・マイケルズ、レーザー・ラモン(スコット・ホール)、ジ・アンダーテイカー、ヨコヅナ、オーエン・ハート、123キッド(ショーン・ウォルトマン)ら主力グループ。ビンスとジェリー“ザ・キング”ローラーの実況&解説チームもロケーションに参加した。

 タイタンタワー12階のバルコニー・スペースに設営されたリングの上ではブレット、ディーゼル、ヨコヅナ、オーエンらによる乱闘シーン、同ビル屋上ではショーンがお得意のダンスを踊るシーンが収録され、約200人のエキストラ(ファン)がビルの地下駐車場をかけ抜けて金網のフェンスをよじのぼる暴動シーンをヘリコプターからの空撮カメラがとらえた。

 “ロウ”は翌週9月11日放映分からこの新しい映像を番組オープニングに導入。ブレット、ショーン、ディーゼルの3人を主役としたニュー・ジェネレーション路線を強く印象づけた。いっぽう、WCWは“ナイトロ”第2回放映分のメインイベントとしてハルク・ホーガン対レックス・ルーガーのWCW世界ヘビー級選手権をオンエアした。

 9月11日放映分の両番組の平均視聴率は、WWEの“ロウ”が2.2パーセントでWCWの“ナイトロ”が2.5パーセント(いずれもニールセン調べ)。0.3パーセントという僅差ではあるが、月曜TVウォーズ“開戦”から2週めにして早くも新番組“ナイトロ”が“ロウ”を視聴率で上回った。ケーブルTVの一般家庭への普及率がひじょうに高いアメリカでは、ケーブル系プログラミングの視聴率が地上波のそれと同じようにはじき出される。

 新番組“ナイトロ”が放映開始されるまでの“ロウ”の平均視聴率は3パーセント台前半だったが、“ロウ”と“ナイトロ”が同時にオンエアされるようになってからは2番組の毎週の視聴率の合計は5パーセント台に伸びた。

 これは月曜の同時刻にアメリカ国内の約500万世帯がどちらかの番組にチャンネルを合わせていることを意味していた。月曜TV戦争は、結果的にプロレス人気を底上げしたのだった。(つづく)

※この連載は月~金で毎日更新されます

文/斎藤文彦 イラスト/おはつ

※斎藤文彦さんへの質問メールは、こちら(https://nikkan-spa.jp/inquiry)に! 件名に「フミ斎藤のプロレス講座」と書いたうえで、お送りください。

日刊SPA!

最終更新:10/10(月) 9:10

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