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W杯へ強い覚悟でセビージャ移籍した清武選手が豪州戦のカギを握る

webスポルティーバ 10/11(火) 12:27配信

【竹内由恵 たけうっちタイムス】

『ロシア ワールドカップ アジア地区最終予選』イラク戦は、1-1の後半アディショナルタイムに山口蛍選手のシュートがネットを揺らし、劇的勝利で日本代表が勝ち点3を獲得。11日(火)のオーストラリア戦に向けて、弾みとなる勝利になってほしいですね。

【写真】最終予選序盤の最大の山場となるオーストラリア戦に挑むハリルホジッチ

 イラク戦の先制点は、トップ下で先発した清武弘嗣選手からのパスを原口元気選手がヒールで決める華麗なゴールでした。アシストを決めた清武選手は試合後、「引き分けじゃなく勝てたことが大事」と、あらためてW杯出場へ向けての強い気持ちを語っていました。

「ロシアワールドカップに出るためには、代表で常にスタメンに選ばれる存在にならなくてはいけない」

 わずか8分の出場に終わった2014年ブラジルワールドカップでの悔しさを晴らすために、そして、日本代表の中心選手になるために、清武選手は今季、ブンデスリーガのハノーファーから、ヨーロッパリーグ3連覇中のリーガ・エスパニョーラの強豪、セビージャへ移籍しました。

 より競争の激しい環境に身を置く決意をし、8月25日の開幕戦ではスタメンを勝ち取って1ゴール1アシスト。これ以上ないスタートを切りましたが、開幕戦までの道のりは険しいものでした。

 移籍から1カ月ほど経った7月中旬、監督や首脳陣にアピールする大事な時期に、清武選手は右足の内転筋肉離れでチームを離脱してしまいます。チームのアメリカ遠征にも参加できず、日本に家族を残したまま、まだ言葉がうまく通じないスペインでの生活――。「もうダメかもしれない……」とメンタル面で相当落ち込んでいたといいます。

 精神的にもフィジカルでも追い詰められた清武選手は、ケガの治療のために思い切って一時帰国することを決めました。そして、久しぶりに奥様と顔を合わせたとき、「なんで家族と離れてまでサッカーしなくちゃいけないのか……」と、それまで一度も口にしたことがなかった弱音を吐いたのでした。

 そんな清武選手にとって何よりの力になったのは、「サッカー人生は一度きりなんだから、頑張ろう」という奥様の励ましの言葉。さらに、帰国していた1週間でさまざまな人に相談して話をしたことで、「もう逃げられない、やるしかないんだ」と気持ちが吹っ切れたそうです。清武選手にとって日本での「あの1週間は、とても重要な1週間」だったのです。

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最終更新:10/11(火) 12:27

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