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宝山鋼鉄-武漢鋼鉄の大型合併で中国鉄鋼業の過剰設備問題は解決へ向かうのか - 丸川知雄 中国経済事情

ニューズウィーク日本版 10/11(火) 16:20配信

<大型合併による集約化で鉄鋼の過剰設備を削減する方法はうまくいかない。大手は中小メーカーより経営効率が劣るからだ。鉄鋼大手の生き残りには思い切った発想の転換が必要だ>

 米大統領候補のヒラリー・クリントンは、今年6月にサンディエゴで行った対外政策に関する演説で「我々の敵(rivals)」としてロシアと中国を名指ししました。ロシアが敵であるのはウクライナからクリミア半島を奪取したりしているからですが、中国が敵である理由としてヒラリーが挙げたのは「アメリカに鉄鋼をダンピング輸出していること」でした。

 実際、アメリカは中国からの鉄鋼輸出攻勢にかなり苛立っており、ここ2年ほどの間に炭素鋼線材、シームレス炭素鋼管、ステンレス鋼板など7品目の鋼材に関して中国からの輸入に対するアンチダンピング課税の調査を始めたり、発動したりしています。

米保護主義の隠れ蓑

 もっとも、中国の肩を持つわけではありませんが、中国は本来の意味でのダンピング、すなわち自国での価格よりも輸出先での価格を安くして相手国の市場を奪い取ろうとする行為をしていなくてもアンチダンピング課税をされてしまう、という可哀想な状況におかれています。なぜかというと、中国が2001年にWTOに加盟したときに、他の加盟国がしばらくの間は中国に対して「市場経済地位(market economy status)」を与えなくてよい、という条件を飲まされてしまったからです。

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 市場経済地位を与えないとは、中国の輸出をダンピングと認定して課税する時に中国国内の価格を参照しなくてよいということを意味します。他国が中国製品は安すぎると思ったら、どこか適当な第3国の値段を比べてそれよりも安いことを示しさえすれば良いのです。アメリカはこの条項を利用して好きなように中国を叩いている、アンチダンピングはアメリカの保護主義の隠れ蓑だ、と中国はみています。



 この言い分には一理ありますが、鉄鋼業に関していえば、中国が厳密な意味でダンピングを行っているか否かは別として、生産能力を異常に増やしてしまう体質を放置したままでは、まともな市場経済体制とみなされなくてもしょうがないと思います。実際、2015年の中国の粗鋼生産量は世界のちょうど半分の8億トンでしたが、粗鋼生産能力は12億トンで、実に4億トンもの過剰生産能力がありました。つまり生産能力をフルに稼働したら世界需要の4分の3を占めてしまうわけです。

 中国が世界の生産の半分以上を占めている産業というのは他にもいろいろありますから、その数字自体が異常だというわけではありません。しかし、「鉄は国家なり」という言葉に象徴されるように、鉄鋼は一国の工業の主柱であるという認識はいまだに強く、中国が輸出攻勢によって他国の主柱をなぎ倒していくことは大きな反発を買います。過剰な鉄鋼生産能力のはけ口を外国に求めていくことは外交的には望ましくない結果をもたらすでしょう。

トップ5社に集約?

 外交的配慮は別としても、12億トンもの膨大な粗鋼生産能力は、資源配分の無駄を示しており、能力の過剰をなくしていくことは中国経済の生産性向上に大いにプラスになるはずです。そこまでは中国の内外でコンセンサスが得られるところであり、中国政府も今年から5年間で1~1.5億トン分の生産能力を削減する方針を明らかにしています。

 問題は中国に何千社もある鉄鋼メーカーのうちどの企業の能力を削減していくべきかという点にあります。この問題に対する中国政府の方針は一貫していて、それは大型鉄鋼メーカーを合併などによっていっそう巨大にして強化し、中小鉄鋼メーカーを淘汰することで産業を集約化していく、というものです。

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 例えば、2005年に出された「鉄鋼産業発展政策」では上位10社の粗鋼生産量を2010年までに全体の50%以上に、2020年には70%以上に高めるという目標を定めています。2009年に出された「鉄鋼産業調整・振興計画」ではさらに一歩踏み込んで、宝山鋼鉄、鞍山・本渓鋼鉄、武漢鋼鉄などを生産能力5000万トン以上の巨大メーカーに育てることでトップ5社に生産能力の45%以上を集中する一方、一定規模以下の小型メーカーを淘汰するとしています。2015年3月に出された「鉄鋼産業調整政策(改定案)」でも、2025年までにトップ10社の粗鋼生産量を全体の60%以上にすることを目標としています。



 今年9月下旬に宝山鋼鉄(宝鋼集団)と武漢鋼鉄(武鋼集団)との合併が発表されました。この2社は粗鋼生産量で世界5位と11位を占め(表1参照)、中央政府直属の大型国有鉄鋼企業の代表格です。両者の生産量を単純に足し合わせれば世界第2位の巨大鉄鋼メーカーが誕生することになり、中国は鉄鋼産業の集約化という目標に向かって大きな一歩を踏み出したといえます。


 
 鉄鋼メーカーを巨大化した方がいいと考えられる要因としていくつか考えられます。もともと製鉄の高炉は大きいほど生産効率が高いという規模の経済性がありますし、世界の鉄鉱石の供給者が寡占化しているので、需要者である鉄鋼メーカーも大きい方が交渉上有利です。また、中国政府としては産業が少数の大企業によって支配されている方が、生産能力の調整などを行いやすいと考えていると思います。国外でも合併によってアルセロールミタル、新日鐵住金、JFEスチールなど巨大鉄鋼メーカーが形成されており、中国もそうした潮流に乗り遅れたくないという心理も働いていると思います。

中小のほうが効率的

 しかしながら私は、大型国有企業の巨大化を促進し、中小鉄鋼メーカーを淘汰するという中国政府の産業集約化政策は根本的に誤っているのではないか、整理・淘汰されるべきは中小メーカーではなく、むしろ大型国有鉄鋼メーカーではないかと思っております。生産能力の過剰が前から問題になっていたにもかかわらずいっそうひどくなっているのもこの政策のせいではないかと思います。なぜ誤っているのかというと、大型企業のほうが経営効率が高いという政策の前提が中国の鉄鋼業では成り立っていないからです。

 実際、鉄鋼メーカーへの産業集約化を目指して中国政府が旗を振り続けているにも関わらず、中国の現実はむしろそれとは逆の方向に進んでいます。表2に見るように中国の鉄鋼トップ10社が中国の粗鋼生産量に占める割合はここ5年で顕著に下がっているのです。


 



 なぜこうなるのでしょうか。それは大型鉄鋼メーカーのほうが中小鉄鋼メーカーよりも経営効率が悪いからです。重点鉄鋼企業(すなわち大型鉄鋼企業)とそれ以外の鉄鋼企業(すなわち中小鉄鋼企業)とでROA(総資産利潤率)を比べてみると、2013年には重点鉄鋼企業が0.5%、それ以外の鉄鋼企業は7.7%と大きな差がありました。これはこの年たまたまそうなったというのではなくて、一貫して大型鉄鋼企業の利潤率は中小鉄鋼企業を大幅に下回っています(表3)し、売上高利潤率など経営効率に関する他の指標をとってもやはり大型鉄鋼企業のほうが成績が悪いのです。


 
 大型企業は大きな高炉を持っているし、それ以外の生産設備も大規模で効率が高いはずなのに、なぜ利潤率が中小企業よりずっと低いのでしょうか。一つのありうる説明は、中小鉄鋼企業がコストを節約するために排煙や排水を適切に処理しておらず、公害と引き換えに低コストで生産しているという説明です。これはたしかに生産設備が小さくて生産効率が低いはずの中小鉄鋼企業が大企業よりも高い利潤率を上げられる理由の説明にはなるでしょう。ただ、それならば政府は排煙や排水の適切な処理を厳しく義務付けて監督することに専心すべきであって、大型企業の巨大化を促進するような政策は不要だと考えます。

業界平均より低い稼働率

 もう一つの説明は、大型国有企業に特有な経営の非効率性のために利潤率が低くなっているという説明です。私が国有鉄鋼メーカーを調査して回っていた20年前は、どの企業も膨大な余剰人員を抱えていました。例えば、鞍鋼集団では社内で実際に鉄鋼生産に当たっている従業員は一部にすぎず、多くの従業員は社員向け住宅の管理といったような間接部門や福利部門にいました。また、首鋼集団は野放図な多角化を行った結果、従業員向けのお酒や缶詰の工場まで持っていました。さすがに今はもう少しましになったかもしれませんが、それでも大型国有鉄鋼メーカーの非効率性を示すデータはいろいろあります。

 例えば今回合併する宝山製鉄は粗鋼生産能力を6000万トン持っていますが、2015年の生産量は表1に示したように3494万トンなので設備稼働率は58%にすぎず、中国の鉄鋼業の平均(66%)を下回っています。宝山鋼鉄は中国の鉄鋼業のなかで最良の設備を持っているはずですが、稼働率がこんなに低くてはその能力もうまく発揮できません。



 大型鉄鋼企業の経営効率が悪いとすれば、中国政府は本来退出すべき企業たちに対して一生懸命に生産能力の拡大を促し、金融面でも支援していることになります。こうした政策こそが生産能力過剰をもたらした元凶といえましょう。

 渤海鋼鉄集団はそうした産業集約化政策の矛盾を体現している企業です。この企業は2010年に天津市政府が傘下にあった国有鉄鋼メーカー4社を合併することで成立しました。2009年に政府が出した「鉄鋼産業調整・振興計画」のなかで粗鋼生産能力が1000-3000万トン規模の大型鉄鋼メーカーを育成すると書かれていましたが、天津市傘下の4社の生産能力はいずれも1000万トン以下だったので、天津市は4社を合併することで育成対象に仕立て上げたのです。

 合併が単なる数合わせであればまだよかったのですが、渤海鋼鉄集団は鉄鋼メーカーの巨大化を目指す政府の意向に従って、銀行から借金したり社債を発行したりして資金を集めて積極的な生産能力の拡大に乗り出したのです。その結果、渤海鋼鉄集団は2015年の粗鋼生産では世界18位、中国のなかでは9位の大型国有鉄鋼メーカーになりましたが、現在1920億元(約3兆円)もの債務の返済に行き詰り、債権者との間の債務整理の交渉が泥沼化しています。

宝武鋼鉄集団の生き残り策

 こうした合併失敗の先例を考えると、宝山鋼鉄と武漢鋼鉄の合併が成功するかどうかも怪しいと言わざるを得ません。合併によって巨大メーカーを作り、中小メーカーを淘汰するという戦略は、もし巨大メーカーの経営効率が中小メーカーより低ければ、うまくいくわけがないのです。ここで思い切った発想の転換を行い、棒鋼などの低付加価値品ではむしろ中小メーカーのほうが競争力が高いことを認めるべきだと思います。宝山鋼鉄や武漢鋼鉄のような大型企業は中小メーカーと競争するのではなく、むしろいかに棲み分けるかを考えるべきでしょう。幸いにして宝山鋼鉄は自動車用鋼板や家電用鋼板、武漢鋼鉄は電磁鋼板など、中小メーカーには作れないタイプの鋼材が作れます。こうした高付加価値品に力を集中して収益力を高めれば、合併後の「宝武鋼鉄集団」が生き残る可能性が出てくるでしょう。

 2015年には武漢鋼鉄が75億元の赤字、宝山鋼鉄がわずか7億元の黒字でしたので、両者を単純に合算しただけでは宝武鋼鉄集団はやがてつぶれてしまいます。合併後に中小メーカーと競争したら負けてしまうような品目の生産能力を思い切ってカットし、粗鋼生産量世界第2位というポジションを他に明け渡してでも高収益事業への集中を行うことができれば宝武鋼鉄集団が生き残る可能性が高まりますし、中国鉄鋼業の過剰生産能力の解消にも益するでしょう。逆に、宝武鋼鉄集団が世界第2位のポジションを堅持しようとして生産能力の拡張を追求するならば、過剰生産能力の問題をいっそう悪化させ、企業自体の経営も悪化するでしょう。中国政府が誤った産業集約化政策を堅持しているなかでは後者に転ぶ可能性も小さくないと思います。

丸川知雄

最終更新:10/11(火) 16:20

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北朝鮮での幼少時代、『ここは地球上最高の国』と信じていたイ・ヒョンソだったが、90年代の大飢饉に接してその考えに疑問を抱き始める。14歳で脱北、その後中国で素性を隠しながらの生活が始まる。 これは、必死で毎日を生き延びてきた彼女の悲惨な日々とその先に見えた希望の物語。そして、北朝鮮から遠く離れても、なお常に危険に脅かされ続ける同朋達への力強いメッセージが込められている。