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野沢直子『しくじり』登場で『夢で逢えたら』伝説蘇る

R25 10/12(水) 7:00配信

10月10日放送の『しくじり先生 俺みたいになるな!! 3時間スペシャル』(テレビ朝日系)に野沢直子が講師役で出演。“伝説のコント番組”と呼ばれる『夢で逢えたら』降板の真相を明かし、ネット上で話題となっている。

野沢直子は多数のレギュラー番組を持っていた1991年3月に、突如日本での芸能活動休止を宣言。レギュラー番組をすべて降板し、活動拠点をアメリカに移したが、実はお笑いが怖くなって逃げ出したというのが活動休止の理由だったと告白したのだ。

お笑いが怖くなった原因は、当時野沢がレギュラー出演していたフジテレビ系のコント番組『夢で逢えたら』だった。野沢は、同番組に出演していたダウンタウン、ウッチャンナンチャン、清水ミチコの才能を目の当たりにし絶望。下積みもなくデビューし、常に順風満帆だった芸能生活のなかで、初めて挫折を味わい、何が面白いのかわからなくなり、逃げるようにしてアメリカに行ったという。

そのほかにも、野沢は『夢で逢えたら』の裏話を披露。するとツイッターでは、

「夢で逢えたらのいい話がいっぱい聞けて胸熱。野沢直子ちゃんがこんなこと思ってたなんて、全然知らなかった」
「野沢直子さんのしくじり話を聞いてるはずなのに『夢で逢えたら』を見たい!見たい!で頭がいっぱい胸いっぱい」

と、野沢の“しくじり話”よりも『夢で逢えたら』の知られざるエピソードを聞けたことに感動するネットユーザーが続出。さらに、

「小学生当時、夢で逢えたらやごっつええ感じを2台のビデオ機を繋げて自分好みのコントや企画、トークを繋げて編集してお気に入りビデオを作るという事をやっていた」
「『夢で逢えたら』本当にいい番組だったなぁ。後日NYまで野沢を探しに行った特番も覚えてる。ウッチャンの片言英語で探しあてたとか、清水ミッちゃんが泣いてたとか、まっちゃんだけ日本に残ってコント作ってたとか懐かし過ぎる」
「当時、小学校の高学年くらいで、土曜の夜、ねるとんのあとに夢で逢えたらを観て夜更かしするのがちょっと大人っぽくって、好きだった」

などと、『夢で逢えたら』放送当時の思い出話が多数投稿されていた。

1988年10月から1991年11月まで放送されていた『夢で逢えたら』は、当時まだ20代で“大物芸人”になる前だったダウンタウンとウッチャンナンチャンが共演していた“伝説のコント番組”として、今なお語り継がれている。子供の頃にこの番組を観ていた30代から40代前半くらいの世代にとっては、特に思い入れが強い番組だ。

ちなみに、『夢で逢えたら』は、現在に至るまでDVD化されておらず、CSチャンネルなどでの再放送もない。そう簡単に見返すことができない番組だからこそ、思い入れも強くなるのかもしれない。

(小浦大生)

(R25編集部)

※コラムの内容は、フリーマガジンR25およびR25から一部抜粋したものです
※一部のコラムを除き、R25では図・表・写真付きのコラムを掲載しております

最終更新:10/12(水) 7:00

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