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「明日、死ぬ」という修行[田坂広志の深き思索、静かな気づき]

Forbes JAPAN 10/12(水) 15:01配信

経営の世界において、昔から語られてきた一つの格言がある。

経営者として大成するには、三つの体験の、いずれかを持たねばならぬ。戦争か、大病か、投獄か。



ここで投獄とは、文学者・小林多喜二が思想犯として逮捕され、拷問で獄死するような時代の投獄のことであり、この三つの体験は、いずれも「生死の体験」を意味している。

実際、戦後の優れた経営者を見るならば、例えば、伊藤忠商事元会長の瀬島龍三氏は、戦争とシベリア抑留11年を体験し、京セラ・KDDI創業者の稲盛和夫氏は、若き日に、当時は死病とも呼ばれた結核を患い、住友銀行元頭取の小松康氏は、戦時中に水兵として乗船していた巡洋艦那智が撃沈され、九死に一生を得た。

では、なぜ、経営者として大成するには、「生死の体験」を持たねばならぬのか。

それは、「生死の体験」を通じて、人間は、「死」というものを直視し、深い「死生観」を掴むからであろう。

では、「死生観」を掴むとは、いかなることか。

それは、人生における三つの真実を直視することである。

「人は、必ず死ぬ」「人生は、一度しかない」「人生は、いつ終わるか分からない」。その三つの真実である。

では、なぜ、この三つの真実を直視することが、経営者にとって、大成への道となるのか。

その理由は、その直視によって、我々に、三つの力が与えられるからである。

第一に、人生の「逆境力」が高まる。

「人は、必ず死ぬ」ということを直視するならば、人生や経営における最悪の逆境に直面しても、「命あるだけ、有り難い」という絶対肯定の姿勢で処することができる。そして、不運や不幸を嘆くのではなく、「この不運、不幸と見える出来事にも、何かの深い意味がある」と思い定め、すべてを自身の人間成長の糧として解釈する力が身につく。

第二に、人生における「使命感」

第二に、人生における「使命感」が定まる。「人生は、一度しかない」ということを直視するならば、「その一度限りの命を、どう使うか」という意味での「使命感」が心に芽生え、それが、世のために何かを為そうとの「志」へと昇華していく。そして、一人の人間が、深い使命感と志を抱くならば、その思いに共感する人々が周りに集まり、その志を実現するための力を貸してくれる。

第三に、人生の「時間密度」が高まる。

人間は、「あなたの命は、あと30日」と言われたならば、一日一日を慈しむようにして大切に使う。しかし、「あなたの命は、あと30年」と言われたならば、「まだ30年もあるか」と思い、安逸な時間の使い方をしてしまう。だが、「人生は、いつ終わるか分からない」ということを真に直視するならば、「与えられたこの一日を生き切る」という姿勢が身につき、その覚悟を持たない人間に比べ、時間の密度が圧倒的に高まっていく。

しかし、こう述べてくるならば、深い「死生観」を掴むことは、一人の経営者として大成するためだけでなく、一人の人間として成長、成熟し、良き人生を送るために大切なことであることに気がつく。

では、この深い「死生観」を掴むためには、戦争や大病や投獄の体験が不可欠なのか。

実は、そうではない。

我々に問われるのは、「人は、必ず死ぬ」「人生は、一度しかない」「人生は、いつ終わるか分からない」という三つの真実を、覚悟を定め、直視することができるか否かである。

仏教者の紀野一義師は、若き日に、「明日死ぬ、明日死ぬ、明日、自分は死ぬ」と思い定め、その日一日を精一杯に生き切るという修行をした。

もし、我々が、本気で、この修行をするならば、日々の風景が変わる。そして、人生が、変わる。

しかし、我々の弛緩した精神は、そのことを頭で理解するだけで、決して行じようとはしない。

田坂広志◎東京大学卒業。工学博士。米国バテル記念研究所研究員、日本総合研究所取締役を経て、現在、多摩大学大学院教授。世界経済フォーラム(ダボス会議)GACメンバー。世界賢人会議Club of Budapest日本代表。著書に『人間を磨くー人間関係が好転する「こころの技法」』他 tasaka@hiroshitasaka.jp

田坂 広志

最終更新:10/12(水) 15:01

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