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悲しきテロリストの正体 欧州の非行ムスリムに迫るISの魔手 - 木村正人 欧州インサイドReport

ニューズウィーク日本版 10/12(水) 20:00配信

<ISがリクルートするテロ要員のなかに、犯罪者の割合が高まっている。イデオロギーよりも犯罪関連の「特技」など実益をとる考え方だ> (写真は、テロリストの街と呼ばれるベルギー・ブリュッセルの一角モレンビーク地区。パリ同時多発テロのサラ・アブデスラム容疑者が逮捕された建物)

 過激派組織ISがテロの最前線、欧州の大都市でリクルートするテロリストと犯罪者の境界が分からなくなってきた。国際テロ組織アルカイダと同様、ISもカリフ制による「イスラム国家」の建設を掲げているが、アルカイダが「テロの大義」や「イデオロギー」に重きを置いているのに対して、ISはテロの拡散を優先するため、教義にはこだわらず、資金稼ぎのため犯罪まで推奨しているという。

犯罪者がテロリストに

 英キングス・カレッジ・ロンドン大学過激化・政治暴力研究国際センター(ICSR)が11日、「犯罪者としての過去とテロリストの未来」と題した報告書を発表した。副題は「欧州のジハーディスト(聖戦主義者)、犯罪とテロの新しいつながり」。かなり興味深い内容だった。

 8月31日の朝、デンマークの首都コペンハーゲンで、2人の刑事が怪しい男に近づいた。男は突然、ピストルを抜き、刑事に向けて発砲して逃げた。刑事2人とそばにいた人が被弾した。男は最終的に発見されたが、銃撃戦で負った傷がもとで死亡した。男はボスニア系の25歳。警察にはよく知られた「ヤク(麻薬)の売人」だった。所持品のスポーツバッグから約3キロの薬物が見つかった。

 2日後、ISが「男はカリフ制国家(イスラム国)の兵士だ」と犯行声明を出した。「ジハーディスト」はイスラム原理主義者で薬物や犯罪とは無縁と考えられてきた。男は2つの顔を持っていた。ある時は麻薬の密売人。また、ある時はISへのシンパシーを表明するサラフィー主義者(古き良きイスラムに戻ろうというイスラム教スンニ派の保守思想)。男はISのプロパガンダ動画にも登場していた。


「最悪の過去を持った男が最高の未来を創造する」というイスラム過激派のプロパガンダ(Facebookより)

 犯罪者か、それともテロリストなのか。欧州では犯罪者がテロリストになるケースが激増している。ドイツ連邦警察局がイラクやシリアに渡航し、内戦に参加したドイツ人669人の背景を分析した結果、3分の2が渡航前にすでに前歴を持ち、警察の記録に残っていた。3分の1は有罪判決まで受けていた。ベルギー連邦検察局によると、ジハーディストの半分に前科があったという。

 国連報告書によると、フランスの状況も似たり寄ったりだ。ノルウェー、オランダ当局はICSRの調査に対し、少なくともジハーディストの6割は犯罪に関わっていたと答えた。ベルギー連邦警察のトップはISを「ある種のスーパー・ギャングだ」と呼び、フランスの新聞はイスラム武装集団を「ギャング・テロリスト」と表現した。

【参考記事】ベルギー「テロリストの温床」の街

 ICSRが背景を把握できるジハーディスト79人を対象に分析した結果、68%に軽犯罪歴、65%に暴力歴があった。30%近くは銃器を扱った経験を持ち、57%が刑務所に服役していた。そして15%が刑務所内でジハード思想に染まっていた。つまり刑務所は「テロリストの人工孵化器(インキュベーター)」だったというわけである。



 日本でも、警察や公安調査庁が内ゲバ抗争を繰り広げた中核派や革マル派を「極左暴力集団」と呼んだことがある。

 アルカイダが欧米支配を打破するジハード思想を重視し続けているのに対して、新興勢力のISは同じイスラム教のシーア派を「異教徒」として敵視し、本家筋のアルカイダとも激しい主導権争いを演じている。社会不満が充満する欧州のイスラム系移民ゲットー(マイノリティーが集中する居住区)、下層階級、犯罪者、刑務所は、ISにとってジハーディストをリクルートする格好のターゲットなのだ。過去5年間で西欧諸国の若きイスラム系移民5千人がシリア内戦に参加したと推定されている。

 パリ同時多発テロやベルギー連続爆破テロのネットワークに深く関与していたハリド・ゼルカニ。ブリュッセル首都圏モレンベークのモスク(イスラム教の礼拝所)を拠点に若きイスラム系移民をリクルートして72人をシリア内戦に送り込んでいた。


パリ・ブリュッセルのテロネットワーク(ヘンリー・ジャクソン・ソサイエティ作成)

 「サンタクロース」と呼ばれていたゼルカニはジハードの資金づくりのため、「異教徒から盗むのはアッラー(イスラムの唯一神)によって許されている」と泥棒や強盗をするよう促していた。ゼルカニはイスラム教の説教師ではないが、「半グレ」ムスリムに「犯罪」を「テロ」に置き換えるだけで人生が変わると口説いていた。


パリ同時多発テロの首謀者アバウド。彼も「半グレ」ムスリムだった(ISのオンライン機関誌DABIQより)

イスラム系移民の統合を

 もちろんイデオロギーが果たす役割が全くなくなったわけではない。しかし国際テロの主役がアルカイダからISに変わる中で、西欧諸国の若きムスリムをリクルートする際にイデオロギーが果たす役割は随分小さくなっているというのがICSRの分析だ。

 ISが犯罪者に注目するのは(1)地下の犯罪組織とつながりを持っているため、武器を入手しやすい(2)テロや犯罪への抵抗感が少ない(3)警察の目をごまかすのに慣れている――からだ。

 パリ同時多発テロの費用は「3万ユーロ未満」(仏財務相)。1994年から2013年に欧州であったテロ計画の4分の3は、9千ユーロ未満の低予算だった。ソ連崩壊で旧共産圏諸国から大量に流出した自動小銃AK-47(カラシニコフ) の密売価格は今では2千ユーロを割っている。1千ユーロ以下という説もある。

【参考記事】【現地リポート】無差別テロ、それでも希望の光を灯し続けよう

 犯罪者をテロリストに仕立て上げると、麻薬の密売、泥棒、強盗、コピー商品の違法販売、ローン詐欺によってテロ資金の現地調達がやりやすくなる。ICSRによると、欧州のテロ計画のうち40%がこうした違法活動によってテロ資金の一部を稼いでいた。

 背景には、イスラム系移民の社会統合が進まず、教育や就職の格差が拡大し、若きムスリムの多くが犯罪に走っているという問題が横たわる。長期戦が避けられない欧州のテロ対策を進める上で、スタートラインになるのが、置き去りにされてきたイスラム系移民の社会統合であるのは言うまでもない。

木村正人

最終更新:10/12(水) 20:00

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北朝鮮からの脱出
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