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経済学者・岩井克人、「23年後の貨幣論」を語る

WIRED.jp 10/13(木) 7:10配信

貨幣が貨幣として成り立つのは、すべての人が、ほかの人がそれを貨幣として受け取ってくれると信じているからにすぎない──。貨幣の本質を『貨幣論』にて解き明かした経済学者・岩井克人は現在発売中の雑誌『WIRED』VOL.25「ブロックチェーン」特集でのインタヴューで、ブロックチェーンの可能性を「貨幣の本質」から鮮やかに示してくれた。同記事と呼応するもうひとつの「貨幣論」。

──1993年に『貨幣論』を書かれてから、お金をめぐる状況もかなり変わってきました。まずはいま、「現代の貨幣」について岩井先生がどのように考えられているのかを教えてください。

『貨幣論』を書いて、わたし自身は貨幣についての考えはある意味では一段落したと思っていたんですね。ただ、そのあと、95年くらいにeキャッシュなどの電子マネーが出てきたのを見て興奮しました。わたしが『貨幣論』で書いたように、貨幣というのはモノ自身に価値があるのではなく、貨幣として使われているから価値があるのだということが、どんどん純粋化してきたからです。

当時、そうした電子マネーが出てきたときに、「貨幣がなくなる」ということをいろんな人が言ったわけですが、とんでもない。貨幣がなくなるのではなくて、貨幣は実体性を失った情報になることでより純粋化しただけなのです。金塊やコイン、それがのちに紙幣になって、貨幣がだんだんモノとしての重みを失っていくプロセスの究極形態であるキャッシュレスは、マネーレスではないのです。

電子マネーの登場は、わたしの考えていた貨幣論の正しさを証明してくれました。わたし自身は、あくまで理論として『貨幣論』を書きましたが、現実がだんだんとその理論に追いついてきたのです。

──『貨幣論』で書かれたほかに、この23年で見えてきた新しい貨幣の本質というのはあるのでしょうか?

2008年にある国際会議でリチャード・シーフォードという英エクセター大学の教授のセミナーを聴いて、目から鱗が落ちたことがあります。

シーフォードさんはギリシャ悲劇を専門にしている古典学者なのですが、「古代ギリシャ人は現代人だ」と言い切ります。現代人がギリシャの文学や哲学を読んでも身近に感じると。古代文明のなかで、メソポタミア文明やエジプト文明は現代人にとっては異質だが、ギリシャ文明だけは直接現代に通じる。そして、それはギリシャが世界で最初に貨幣化された社会であったからだというのです。

従来の古代ギリシャ経済の研究では、古代ギリシャというのは貨幣経済とはまったく異質な社会だと思われていましたが、この20年間の考古学や古典学の研究から、貨幣がよく使われた社会だということがわかり始めてきました。

貨幣とは、古代ギリシャであればドラクマですが、世の中のすべての商品が買える一般的な交換の媒介です。つまり、多様性に満ちた無数の商品をひとつの価値で表現している。この貨幣と商品との関係は、表面的には世界は雑多な現象に満ちているけれど、その背後には統一的で普遍的な法則があることを主張したギリシャ哲学と同じ構造をしているというのです。

古代ギリシャにおいて、世界で初めて人々が日常的にお金を使うようになりました。ひとつの抽象的な価値で多様なモノを表現している貨幣を毎日使うことによって、まさに「雑多な世界の背後に統一的な法則があること」を日常的に理解できるようになったと。それによって、近代の科学や哲学にそのまま通じる考え方が古代ギリシャで生まれたと、シーフォードさんは言うわけです。

わたしは『貨幣論』を書くことによって、実は、シーフォードさんと同じような考えに達していました。しかし、経済学者のわたしがそう言っても我田引水となってしまい、誰も信じてはくれません。でも、ギリシャ古典学の権威であるシーフォードさんがそう言ってくれることによって、こうした考えの説得力ははるかに増しました。シーフォードさんのセミナーを聞きながら、長らく学問をしていると、60歳を過ぎてからもこうした驚きと嬉しさがあるものなんだと思ったものです。

いずれにせよ、わたしの貨幣論の考えは20年間変わっていません。しかし、グローバル化とインターネット化によって、現実が『貨幣論』で書いた抽象的な世界により近づいてきたというのは、わたし自身も奇妙な感覚を覚えます。現実が、抽象的に考えた理論にどんどん近づいてきたのです。

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最終更新:10/13(木) 7:10

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