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ネイティブの「英語力」と「英会話試験」の不毛さ --- 神谷 匠蔵

アゴラ 10/13(木) 16:30配信

前回(http://agora-web.jp/archives/2021842.html)までは「日本人」の英語力、および非英語圏の英語学習者の英語力について英語試験の統計データを使って考察してきたが、今回は英語を母語とするネイティブスピーカーの「英語力」に着眼してみたい。

実は、前回記事で引用したIELTSのスコアデータには母語が英語の人というカテゴリがあるし、出身国がUnited Kingdomの人のデータもある。(IELTS = IELTS academicを前提としている。Generalのデータは考慮していない。)

これによると、英語母語話者の英語力は平均(https://www.ielts.org/teaching-and-research/test-taker-performance)をとるとoverallで6.9であり、「ドイツ語母語話者」の7.4に劣るという一見奇怪な結果が出ている。

詳細(https://www.ielts.org/teaching-and-research/demographic-data)を見れば、英語話者グループの1%は9.0をとっており、この点ではドイツ語話者を上回っているのだが、7.0以上の比率は57%と、ドイツ語話者の74%よりも低い。だが、ドイツ語話者の方が英語母語話者よりも英語ができるというのはさすがに何かおかしい。何故こんな結果になるのだろうか。

それを解明するには、この脚注がヒントになる。

“*first language as self-chosen by test takers drawn from a wide range of nationalities”

つまり、母語がなにかは自己申告でしかないし、出身国はどこでもあり得る。例えばインド生まれのインド人が英語で教育を受け、ヒンディー語も話せたとしても、本人が「英語の方がわかる」と自覚していればこれも「英語母語話者」に数えられるのだ。あるいは両親の母語が異なり、例えば母親は日本語、父親は英語話者の場合、子供にとって日英の両方が母語になる可能性があるが、この場合も本人の自覚次第で「英語話者」になり得る。

また、そもそも英国生まれ英国育ちの普通の英国人はIELTSなど受けることもないので、IELTS(academic)を受けねばならない「英国生まれ」の人々というのは、(1)英国人の両親を持つが、外国で英語以外の言葉で教育を受けた「帰国子女」(2) 国籍上は「英国民」だが、両親の少なくとも一方が英語話者ではなく、かつ長期にわたって非英語圏に滞在した、あるいは教育を英語以外の言葉で受けた者、など少数の特殊事例に限られる。

このように、単に「英語話者」と言っても様々な異なる背景や国籍を持つ「英語話者」がいるのであり、仮に「英国生まれの英語話者」に限定しても、EUのみならずインドなどの旧大英帝国植民地出身の移民の多い英国では、それは必ずしも白人の、両親が英語を話す、英国に三代以上続けて住み続けた、日本人が「イギリス人」という言葉から連想するような人間のグループを指すとは限らない。

とはいえどんな背景を持つ英語話者でも、さすがに総合6.5以下のスコアをモノリンガルの成人英語話者が出すとは考えにくいので、「英語話者」の少なくとも下位43%はバイリンガルの子供や移民など、特殊環境に育っている発展途上の英語話者だろうと思われる。

だが、それなら正真正銘の英国人あるいは米国人の成人英語話者ならIELTSで9.0、TOEFLで120は当たり前なのか、というとそれも少し違うようだ。

例えばこの記事(http://magoosh.com/toefl/2016/toefl-tuesday-do-native-speakers-get-perfect-scores-on-the-toefl/)および記事中で紹介されている動画では、無対策で英語母語話者がTOEFLを受けた場合でも、必ず満点をとれるとは限らないと言っている。100点以下になることはさすがにないにしても、TOEFLがどういう試験かを十分知らずに受ければ、105-115点あたりにとどまり満点を逃す人も珍しくはないようだ。だが、総合点が下がる理由に注目してほしい。動画では、ネイティブが点を落とすのは主にリスニングやスピーキングだと指摘している。逆に言えば、(TOEFLにおいて)読解やライティングではほぼ例外なく満点をとるのが「試験の点数」に現れる限りでの「ネイティブらしさ」だということになる。

従って、読解とライティングで満点が取れているのなら、聴解とスピーキングで多少点を落としていても十分に実力があると言っていいかもしれない。

勿論どの言語でも母語話者と外国人をはっきり分けるのは発音だが、発音(アクセント)はTOEFLなどの試験において採点項目に入っていない。

従って外国人が後天的に学習して母語話者と同等のレベルに達したい場合に最も重視するべきなのは読解や筆記といった項目で絶対にミスしないことであり、英語試験の奇妙なリスニング問題やスピーキング試験の採点基準に合わせた優等生スピーチができるようになることではないのである。

結局、「会話力」に関する限りで言えば、TOEFLやIELTSといえども試験は試験に過ぎず、「真の英会話力」を図れる魔法などでは決してない。

むしろ、試験の成績に頼らずとも、その場でいつでも「英語力」を証明できる、つまり「英語試験など受ける必要はない」ことをネイティブスピーカーに理解させる程度の「英語」を日常的に使いこなすことの方が実戦的には重要だ。

というのも、例えばヨーロッパ人が英語圏で就職しようとする際、履歴書にTOEFLのスコアなどは普通書かない。そもそも履歴書自体を英語で書いているのだから、敢えて英語に関しては何も書かない方が「当然英語はできます」という自信を表現することに繋がる、という理屈だ。

逆にTOEFL118点などと書いても、「何これ、英語の資格?この人英語ネイティブじゃないってこと?そんなことアピールするってことは、英語に自信がないのか?」と思われてしまう可能性もあるので、高得点でも不利になることこそあれ有利にはならない。

そもそも、実際にその企業が要求する水準の英語力があるかどうかは面接等を通して判断できる。日本人が外国人の日本語能力試験の何級を持っているかなどほとんど気にせず、ただ実際に話してみた感じで「日本語ができる」か「いまいち」なのかを判断するように、英語圏の人にとってもTOEFLやIELTSのスコアなどどうでもいいのである。

ということで、結論としてはTOEFLやIELTSなどの英語試験は、読解と筆記の実力を測るのには役に立っても、聴解や会話に関してはさほどあてにならないということだ。

従って、筆記と読解で結果が出ている人は、会話や聴解が伸び悩んでいても自信を持っていい。足りないのは実際に英語を使った経験だけで、基礎としての実力は十分にある。(また、仮に話せるようになっても、それが試験結果に反映されるわけでは必ずしもない。)

逆に言えば、試験対策で会話と聴解はできていても、筆記や読解があまりできていない場合はもう少し座学に時間を割くべきかもしれない。

尤も、そもそも日本人に「英語」は必要なのか?という疑問は残る。これについては次回論じたい。

神谷 匠蔵

最終更新:10/13(木) 16:30

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