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ピケ、代表引退宣言の発端。スペイン代表の複雑さ。一部サポーターとの埋まらない溝

フットボールチャンネル 10/13(木) 10:40配信

 スペイン代表は、ルイス・アラゴネス、ビセンテ・デル・ボスケの両監督が率いた黄金時代を経て、フレン・ロペテギ体制をスタートさせた。だが、以前もあったジェラール・ピケの問題が再燃し、ピッチ外での話題が多い状況となっている。レアル・マドリーとバルセロナの因縁に加えてカタルーニャ独立問題が起きている今、“無敵艦隊”を取り巻く状況は複雑だ。(取材・文:山本美智子【バルセロナ】)

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新生スペイン代表がスタートも、痛み出した古傷

 ビセンテ・デル・ボスケ時代に終わりを告げ、フレン・ロペテギの新スペイン代表がスタートした。だが試合内容について語る前に、古傷が痛み出してしまった。一部のスペイン代表サポーターと代表の間にある溝は埋まらない。

 フレン・ロペテギになって、スペイン代表がどう変化したかという話をする前に、ジェラール・ピケの長袖ユニフォーム騒動が起きたことは、このサイトでも報じられた通りだ。SNS上での事実に基づかない中傷を受けたピケは、試合後ミックスゾーンに姿をみせた。

「フレンと共に新代表でプレーすることに期待していたが、ロシアワールドカップを終えたら代表を引退するよ。途中でフレンを放り出すわけにもいかないしね。余りにも僕に(代表に)いて欲しくない人が多過ぎる。(今回の件は)今後、続けていきたいという意欲を僕に失わせるのに十分だった」

 そう話したピケの表情は、淡々としたものだった。笑顔もなく、かといって、怒るわけでもなく、無表情というほど冷たくもなく、触っても熱くも冷たくもない。目の前にいたのは、ロッカールームでは、いつも明るい空気をもたらす冗談好きのピケではなかった。多くの記者に囲まれて立っていたのは、傷ついたことを最小限にしか表に出さず、責任は果たしたが世の中までは変えられないと、現状にあきらめを感じている一人の悲哀に満ちたプロだった。

ピケは政治的発言を一切していない

 この背景には、近年再び論争となっているカタルーニャ独立問題が背景にある。ちょうど1年前、ユーロ予選のスペイン?スロベニア戦が行なわれた時、代表でプレーするピケへのブーイングは最高潮に達していた。スペイン代表で固定スタメンのピケが、ボールに触る度にスタンドからブーイングが起きた。アウェイではない。スペイン国内のホーム、オビエドでだ。

 カタルーニャ自治州の州都、バルセロナでは、2014年にスペインからの独立を州民に問うカタルーニャ独立住民投票が行なわれた。最終的に政府によって無効とされたこの投票だが、当日は230万人以上が票を投じ、8割が独立に賛成するという驚異的な結果が出た。

 ジェラール・ピケは、ペップ・グアルディオラ等と同様に、独立賛成派だが、本人は自らが公の立場にあることを理解しており、地元への愛情を表現しても、独立を支持するとか賛成するといった政治的発言は一切していない。基本的に、歯に衣をかぶせぬ物言いはピケの特徴の一つだが、これは本人がスペイン代表への影響等も考慮して、かなり意識的に行動しているのだと思う。

 だがそれでも、スペインは単一国家であるべきと考える人々――そして多くは、だからこそ、国旗を背負う代表サポーターでもある――には、許せないのだろう。

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最終更新:10/13(木) 10:40

フットボールチャンネル

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