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一人の選考委員で決定「ドゥマゴ文学賞」に感心と幻滅

Book Bang 10/14(金) 8:01配信

 選考委員が一人の文学賞が存在するのをご存じですか。Bunkamuraが主催している「ドゥマゴ文学賞」です。一九三三年、文化人が集うパリのカフェ「ドゥマゴ」で生まれた文学賞の、斬新な作品に授与するという精神を受け継いで、一九九○年に創設。前年七月一日から当年七月三十一日までに出版された、単行本または雑誌等に発表された日本語の文学作品の中から、毎年九月、たった一人の選考委員によって受賞作が発表されています。

 第一回で、蓮實重彦が盟友・山田宏一の『トリュフォー─ある映画的人生』に授与したものだから、業界の口さがない連中は「どうせ、お友達にあげる賞でしょ」と贈与疑惑を鮮明にしたものですが、トヨザキはそう思いません。というか、そうであってもかまわないと考えます。

 相手が知り合いだろうが、「いいものを書いた」と思えば授賞すればいい。関係性を気にして、「もっとも感銘を受けた」と確信している作品に授与しないほうが歪んでいる。選考委員が複数いて評価が割れる文学賞とはちがって、文学作品に対する趣味嗜好が明確になるドゥマゴ文学賞は、誰が受賞したかよりも、誰が何を選んだかに注目したほうが楽しい。わたしはそんなふうに考えています。

 これまでの選考委員と受賞作を少し挙げてみますと、筒井康隆が町田康『くっすん大黒』(第七回)、久世光彦が川上弘美『神様』(第九回)、山田詠美が平松洋子『買えない味』(第十六回)、高橋源一郎が中原昌也『中原昌也 作業日誌 2004→2007』(第十八回)、堀江敏幸が朝吹真理子『流跡』(第二十回)など。過去の受賞結果を眺めながら、感心したり幻滅したりするのが楽しい文学賞なのです。

 先頃発表された第二十六回は、ロシア文学者の亀山郁夫が、中村文則『私の消滅』に授与。ドストエフスキーの訳者にして、『新カラマーゾフの兄弟』という小説まで書いてしまった亀山氏が、人間精神の内奥にある闇と悪の伝播について描き続けている中村氏の作品を好むのは、わかるような気がしますが、読んでみたわたしの感想は(以下略)。

[レビュアー] 豊崎由美(書評家)
※「週刊新潮」2016年9月29日号 掲載

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最終更新:10/14(金) 8:01

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